中長期的な企業価値向上のためのコーポレートガバナンス・アドバイザー / 長期での中小型株の割安株投資情報

最近のコーポレートガバナンスと資本市場の動向を踏まえ、上場企業実務の視点から中長期での企業価値向上に役立つ情報分析・発信をしていきます。個人投資家のコーポレートガバナンス力の向上による「意思のある投資」に役立つ情報発信もしています。また長期での割安株投資の情報も

明治ホールディングスが中期経営計画で「ROESG」なる指標を開示 ー 投資家に分かり易い開示を心がけていますか?

先日の日経新聞で次の記事のとおり、明治ホールディングが中期経営計画で独自指標の目標数値として、「明治ROESG」という指標を改善する計画を公表しました。

ROESGは、ROE×ESG指標目標値×明治らしさ目標達成で構成されます。

自己資本利益率(ROE)とESG(環境・社会・企業統治)の評価などを組み合わせたものです。この指標ですが、伊藤レポートでおなじみの一橋大学の伊藤邦雄氏が作った指標で彼が商標権を持っています。結論からいいますと良く分からない指標の印象を受けます。

さて、この明治ホールディングスの例を1つの悪い見本として企業は考えるべきことがあります。先日、ある企業の定時株主総会にオンラインで参加をしましたが、そこで、高齢の個人株主の方から意見がありました。その意見とは、中期経営計画を見るとカタカナでスローガン的なことが沢山書かれているが、意味が不明であり、それよりも日本語で分かり易く説明して欲しいと議長へのお願いでした。これを聞いて「なるほど」と私は思いました。

皆さんの会社でも、中計経営計画などで、キーワードとして英語やカタカナでスローガンを掲げている場合も多いかと思います。しかし、これに関しては、機関投資家はじめ株主から一目で見て、意味が通じるかということを常に考える必要があります。社内にいる方は、中計経営計画を策定するまでかなりの回数の議論を重ねているので、シンプルなカタカナでも意味は通じるのですが、投資家にとっては、はじめて見る言葉なのです。ということに鑑みると、綺麗なスローガン的なキーワードに固執するのではなく、多少長くても外部の人に意味の通じる日本語の掲載が肝要です。

文章を可能な限り短く、シンプルにすることにやたらこだわる経営トップの方もいると思いますが、「短かすぎると外部の方には意味が通じない」ということを経営トップの方は念頭に置く必要があります。

出席型のオンライン株主総会はまだまだ少ないですね ー 個人投資家としては今後の増加に期待

7月17日の日経新聞に「オンライン総会浸透」との見出しの記事がありました。オンライン総会とは、株主総会を同時配信するなどオンラインを併用した株主総会のことをいい、映像配信だけの「傍聴型」と質問や議決権行使が可能な「出席型」の2つがありますが、傍聴型は291社、出席型は14社であったということです。

定款に規定すれば、完全オンラインの株主総会も可能になりましたが、記事によれば、武田薬品工業など10社が定款変更議案を諮ったということです。アイアールジャパンが定款変更議案を出したところ、議決権行使助言会社であるISSが反対推奨をしたことは以前にブログでも記事に書きましたが(最後に再掲します)、意外にもISSは反対しているのです。バーチャルオンリーの株主総会は、株主が行う取締役の責任追及に影響を与える可能性があり、経営陣及び株主の間の有意義な交流を妨げる可能性があることなどを反対の理由としています。

個人的には、出席型のオンライン総会を増やして欲しいところです。そうすれば、保有先銘柄の株主総会に気軽に出席でき、それ以上の議長である社長に何の遠慮・躊躇もなく、本質的な質問をいくつも出来るからです。一方、企業サイドの対応はこれまでの倍以上大変になるでしょう。

 

プライム市場に入る中小型銘柄の経営トップは機関投資家との対話(エンゲージメント)の充実が必須

7月9日に上場企業各社に対して上場区分の一次評価の結果が通知されました。通知といっても書面で郵送されてくるのではなく、企業各社とも東証からの連絡窓口を決めメールアドレスを東証に登録しているので、この登録先にメールで通知がされます。

今回の一次評価ではプライム市場が不適合となった東証1部の上場企業も結構ありましたが、これらの企業は、後日、改善計画を東証に提出することでプライム市場に入ることが出来るので、結果として大きな問題はありません。なお、一次評価でプライム市場に適合するか否かの当落上にある企業は、判定後にプライム市場に適合した旨の開示をしているところも散見されますが、これは適時開示ではありません。株式時価総額が100億円前後の企業は市場に不安を与えたくないので、任意で開示をしています。

さて、プライム市場に適合した会社ですが、「これでひと安心」と思っている経営トップの方も多いと思いますが、今後注意すべき事項があります。それは機関投資家の今後の議決権行使基準の改定の方向性です。

機関投資家は投資先銘柄に対する自社の議決権行使基準を有しており、各社のホームページ上で公表しています。機関投資家は、毎年2月頃に議決家行使基準を改定します。プライム市場の企業は、資本市場と積極的に対話を行い企業価値を高めること、そのための高いコーポレートガバナンスとすることが求められています。

金融庁東証としては、本来は海外投資家の要望に応えて、プライム市場の企業数を大きく減少させたかったのですが(株式時価総額は最低でも250億円)、企業サイドの抵抗が非常に強く、不本意ながら現在の東証1部上場企業はプライム市場に残れるような仕組みとしたまでです。金融庁は、今後、機関投資家が企業に働きかけて、企業がグローバル市場に向け改善がなされることを期待しています。

ということを考えると、自ずと機関投資家のプライム市場の株主総会の議案に対する議決権行使基準も厳しくなると予想されます。取締役選任基準ではROE5%が1つの判断基準ですが、この基準が上昇することなどが想像されます。いずれにせよ来年の定時株主総会でプライム市場に適用される議決権行使基準は厳しくなるのだと想像します(市場区分の移行日は来年4月4日です)。

では、企業各社はどうすべきかということですが、機関投資家との対話(エンゲージメント)が必須になるように思います。株式時価総額が1,000億円以下の企業は、企業の規模感も小さいのですから、専務クラスとかでなく、社長・CEOなどの経営トップ自らが機関投資家と非財務情報に関するエンゲージメントを11月下旬から来年1月にかけて行い、機関投資家の議決権行使基準の改定の方向性を探るとともに、自社の事業概況やコーポレートガバナンスの取組み状況について機関投資家に説明し理解を求め、また、機関投資家からのアドバイスを仰ぐことが非常に重要になる気がいたします。

2030年度電源構成 で原発は20%維持 ー ベントナイトは中長期で期待

今更ですが7月1日からツイッターを始めました(ツイッターの利用年代は30代が多いようですね)。フェイスブックは2年ほど前に一度やったのですが、その後やめてしまったのですが、ツイッターは初めてです。ブログとの連携など色々と工夫できるようですが、まだそこまで知識がないので、いずれかのタイミングでブログでツイッターの紹介もさせて頂きたいと思います。

本日の日経新聞1面で2030年度の電源構成案が出ていました。次の内容です。

政府は2030年度の新たな電源構成の原案について、総発電量に占める再生可能エネルギーの比率を36~38%、原子力を20~22%とする方向で最終調整に入った。再エネの比率を現行目標から10ポイント以上引き上げ、原発比率は維持する。脱炭素電源で6割近くをまかない、温暖化ガス排出量の削減につなげる。経済産業省が21日に開く総合資源エネルギー調査会経産相の諮問機関)の基本政策分科会で、国のエネルギー政策の方向性を記すエネルギー基本計画と電源構成の原案を示す。今の30年度目標は再エネで22~24%、原子力で20~22%、火力で56%となっている。新たな目標の原案では再エネと原発以外に、温暖化ガスを排出しない水素やアンモニアによる発電を1%とし、火力は41%に減らす。

原子力については、消極的な記事が少し前に出ており、また、直近では原子力より太陽光発電の方がコストが安いなどの記事もあり、行方が気になっていましたが、当初の予定通り20%は維持されるようです。原子力がないと脱炭素化の目標達成が困難かと思いますので、当然と言えば、当然であるかとは思います。

原子力の利用となると放射性廃棄物の問題が必ず出てきます。今のところ処分としては地層処分が主かと思いますが、その場合にはベントナイトが使用されます。ベントナイト関連銘柄ではクニミネ工業(5388)があります。フィデリ投信のテンバガーハンターの組入銘柄でもあります。以前に書いた電源構成の記事も再掲いたします。

東京ソワールが臨時株主総会の議案補足資料を公表 ー 買収防衛策のスキームが分かりやすく書いてあります

東京ソワールですが、7月30日に臨時株主総会を開催して買収防衛策の導入について株主の承認を求める予定ですが、7月15日に議案の補足説明資料を公表しました。https://www.soir.co.jp/wp-content/themes/tokyo_soir/pdf.php?postid=22605

今回の買収防衛策はフリージアを対象としたものであることなどが書かれています。全体を簡単に把握するには便利な資料かと思います。ところで、東京ソワール株主総会議案の議案を見て気付いたのですが、第3号議案は次のとおりとなっています。

フリージアマクロス社が当社の買収防衛策に違反して、大規模買付行為等を行った場合において、当社の取締役会が、当社の独立委員会から対抗措置の発動の勧告を受けた場合、買収防衛策上の対抗措置の発動を行うことを承認する件

買収防衛策ルールに違反した場合には、取締役会決議で対抗措置を発動できることは一般的ですが、東京ソワールの場合、この点だけを議案としてあえて切り出して株主総会に諮るのですね。可能な限り株主意思を確認したいということかと思います。

「一律の株主還元と距離」 ー 距離をとった分は株価を上げなければなりません

7月13日の日経新聞で「一律の株主還元と距離」ということで、日証協会長のインタビュー記事がありました。一部抜粋すると次のとおりです。

1日付で就任した日本証券業協会の森田敏夫会長はアクティビスト(もの言う株主)への対応に関して「最近の傾向として一律に株主還元を求める株主がいる。企業によっては設備投資が必要な会社もあり、企業と投資家が向き合って議論することが重要だ」と述べた。東芝など多くの日本企業が対応を迫られているが、一律の株主還元拡大に距離を置く考えを示した。日本経済新聞などとのインタビューで語った。株主還元は上場企業の最重要課題のひとつだが、一律に増やすことが必ずしも企業価値の向上につながらないとの認識を示したものだ。

 この森田さんという方は、野村証券の元社長ですが、経歴を見ると国内の支店長経験が中心のようですね。国内営業、つまり、リテール畑(個人営業)の方で投資銀行業務の経験は乏しい(ない?)印象を受けます。

株主は短期であれ、中長期であれ経済的利益を目的に投資しているのであり、経済的利益はTSRの向上です。最近ではESGコストを誰が負担するのかという記事も時々新聞記事で見ます。ウォーレンバフェットは、ESGコストを株主に負担させるのはNGと言っています。ESG対応であっても、設備投資であっても株主還元を減少させるのであれば、経営トップは、株価向上にこれまで以上に目を向け、TSRを向上させることが必須になります。つまり、ESG対応や設備投資による株価上昇の明確なストーリーの開示が必須になります。このことを忘れると株価は下がるし、また、物言う株主は牙をむくことになります。

東京ソワールが臨時株主総会の議案を決定

フリージアマクロスに13%程度の株式を保有されている東京ソワールですが、7月9日に臨時株主総会の議案を公表しました。

https://www.soir.co.jp/wp-content/themes/tokyo_soir/pdf.php?postid=22594

議案は次の4つですね。

第1号議案 フリージアマクロス株式会社及びその関係者による大規模買付行為等の対応策(買収防衛策)導入及び継続の件
第2号議案 新株予約権の無償割当ての件
第3号議案 フリージアマクロス社が当社の買収防衛策に違反して、大規模買付行為等を行った場合において、当社の取締役会が、当社の独立委員会から対抗措置の発動の勧告を受けた場合、買収防衛策上の対抗措置の発動を行うことを承認する件
第4号議案 フリージアマクロス社に買収防衛策の廃止に関する議案のための臨時株主総会を招集請求しないことを要請する件

第1号議案の説明の中で「本臨時株主総会において、本プランの導入に関して、株主の皆様からご承認をいただけない場合にあっては、当社取締役会は本プランを直ちに廃止いたします。」と記載されています。富士興産と同じパターンですね。

日本アジアグループと旧村上ファンド系のシティインデックスイレブンスとの攻防では、東京高裁は、株主の承認プロセスがなかったことを差し止めの主たる理由にしているようですが、これを意識しての設計かと思います。フリージアの表立った動きはまだありませんが、今後の動きを注視したいと思います。

取締役会のスキルマトリックス ー 時間をかけて真剣に考えるようなレベルの話ではないです②

前回、取締役のスキルマトリックスについて、真剣に悩み時間をかける必要は全くないことを紹介いたしましたが、今回、その理由について説明します。

スキルマトリックスは取締役会のメンバーのスキルを一覧化したものですが、これが使用される局面は、株主総会での取締役選任議案です。つまり、機関投資家がこれを見て、議案の賛否を判断するのですが、個別取締役のスキルを見て「反対」するかというとまず考えにくいです。

何故ならば、機関投資家の議決権行使基準には、個々人のスキルを理由に反対するなどとは通常は規定されていないからです。また、取締役候補者のスキルのバランスを理由に経営トップが反対されるということもまずありません(もっとも極端に特定のスキルしかない候補者しかいない場合には、経営トップに反対ということもあるかも知れませんが、こんなケースは極めて例外かと思います)。

であれば、会社としてはスキルマトリックスをどうすべきかですが、結論は簡単で、時間をかけずに作成すれば良いのです。その会社の業種に通常必要とされる無難なスキルを列挙して、各取締役毎にバランス良くスキルに「〇」を付けておけばよいのです。もし何か強くアピールしたいスキルがあれば(「先見性」「突破力」等)、1つほどそういうものを記載しておいても良いかも知れません。「この会社面白いぞ」と機関投資家の関心をひくことが出来るかも知れません。

自分のスキルに「〇」を付けると、その方自身がその業務の専門性がどこまであるか不安と思う方もいるとは思います。財務のスキルに「〇」はついているが、「俺は財務経験が短いので、実は専門性には相当不安がある」といったケースです。しかし、そんな心配などする必要はゼロです。その人のスキルが本当にあるかどうかなど、根掘り葉掘り聞いてくるほど機関投資家は暇ではないです。さすがに財務業務にかすったこともないのに、財務スキル「〇」みたいな嘘を記載するのはあまり宜しくはないとは思いますが、けど、仮にそうしても誰もたいして気に留めないとは思います。

会社としては、どういうスキルを列挙すべきか、また、この人に「〇」を付けてよいかどうかなど細かいことを悩んでも、投資家はそこまで見ていないです。そんなことに悩むのは全くの時間の無駄です。スキルなどは時間をかけずに他社例を見て、無難なものを書いておければ足りると考えます。いかに高いスキルを並べ立てても、結局、業績がいまいちということになると「こいつらは何のスキルがあるんだ」ということで投資家の怒り倍増ということになります。

経営トップはステークホルダー資本主義を万能な「言い訳」にしてはいけません

最近、ステークホルダー資本主義なる言葉が色々なところで言われています。米国のビジネスラウンドテーブルで取り上げられてから、日本でも言われはじめているところかと思います。昔は株主資本主義でしたが、今は、ステークホルダー資本主義です。

さて、この言葉ですが、ESGへの高まりとともに最近流行っていますが、必ずしも市場関係者に完全に受け入れられているものではないと思います。ウォーレンバフェトなどは、ESGに係るコストは株主に負担させるべきでないと明確に言っています。まったくもってその通りだと思います。

ESG課題への対応は企業に大きなコストを負担させるリスクがあり、これを正当化するためステークホルダー資本主義をキーワードに持ち出す企業もあると思いますが、これは間違った考えと言えます。あくまで株主の利益を最優先させるのが、上場企業です。それは上場企業の意義を考えると良く分かります。

リスクマネーを資本市場から調達できるのが上場の意義です。そして、リスクマネーを供給する株主は、投資先企業が破綻し、株券が紙切れになっても会社に投資金額を返却せよとは言えません。会社法上、株式会社は株主が投下した資本を返還する義務はないのです。だからこそ、株主はリターンを求めているのです。

つまり、紙切れになるリスクがありながら投資をするのは、リスク以上のリターンを求めるからです。そして、このリターンというのは、投資期間が短期・中長期のいずれであっても、TSR(株式総利回り)です。つまり、配当と株価の値上がりが期待できるから株主はリスクマネーを上場企業に提供するのであり、上場企業は存在しうるのです。

これを忘れ、株主以外のステークホルダーもいるのだから、株主を優先する必要はない、つまり配当は減らしても、ESG課題に取り組むことは許されると勘違いしている経営者がいたら、それは考えをあらためる必要があります。配当を減らしてもESG課題に積極的に取り組むというのは違います。もし、配当を減らすのであれば、株価の値上がり率を上げてTSRに変化が生じないよう企業は取り組む必要があります。

少し前の旬刊商事法務にシンガポール投資ファンドのエフィシモキャピタル(東芝の議決権行使不正問題を世にさらした投資ファンド)の代表者のインタビュー記事がありました。それに次のような興味深い発言がありました。

多様なステークホルダーの利益に配慮するのは当然であるが、ステークホルダー全体の利益は測定困難であり、「万能の言い訳」としてステークホルダー資本主義が機能すると経営の規律やアカウンタビリティが喪失する。

そのとおりかと思います。株主の利益の最大化を図りつつ、他のステークホルダーの利益にも配慮するのがステークホルダー資本主義であり、見方によっては株主資本主義より、企業にとってはより厳しくなったと言えるのではないでしょうか。

取締役会のスキルマトリックス ー 時間をかけて真剣に考えるようなレベルの話ではないです①

日経新聞の1面で「企業統治の現実」という記事が連載されています。3年前のコーポレートガバナンス・コード改訂の時はここまで日経新聞で取り上げられた記憶があまりないのですが、企業統治に関して、従来よりも世間の関心が高くなっていることの現れかと思います。

本日は最近話題の取締役のスキルマトリックスについて説明したいと思います。スキルマトリックスとは、取締役会に必要なスキルを分野ごとに表にまとめ、どの取締役がどの分野について知見や専門性を備えているかを示した表のことをいいます。

6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードの補充原則4-11①で次の規定があります。

取締役会は、経営戦略に照らして自らが備えるべきスキル等を特定した上で、取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性及び規模に関する考え方を定め、各取締役の知識・経験・能力等を一覧化したいわゆるスキル・マトリックスをはじめ、経営環境や事業特性等に応じた適切な形で取締役の有するスキル等の組み合わせを取締役の選任に関する方針・手続と併せて開示すべである。

企業によっては「さあ、大変だ」「どういうスキルを開示しようか」などとスキルマトリックスの開示をどうすべきか既に真剣に悩みはじめた企業もあるようです。とある上場企業では、社長から指摘を受けて担当者が非常に慌てているようなことをつい先日聞きました。このスキルマトリックスですが、どうして開示が求められているか理由はご存じでしょうか?

機関投資家が、短時間で取締役選任議案で賛否の議決権行使が出来るようにするのが目的で開示が求められているだけに過ぎません。現状、株主総会の招集通知の取締役選任議案では「選任理由」として、文章がつらつら書いてある企業がほとんどです。一方で、機関投資家は何百社という投資先企業の招集通知を総会シーズンに短時間で読み、賛成・反対の議決権行使をしなければなりません。

招集通知を見ると、つらつらと選任理由が文章で書いてはあるのですが、「高度な経営経験を有する」「高い倫理感を有する」などとしょうもないことばかり書かれており、結局、各候補者の専門領域が何かが分からない開示の企業が圧倒的多数です。「このような意味不明の念仏を読む時間はない」というのが機関投資家の本音です。忙しい機関投資家としては、念仏のような選任理由を読むより、短時間で専門領域が一覧で分かるスキルマトリックスでさっさと議決権行使を判断したい。これがスキルリックスの開示が求められている理由です。

では、このスキルマトリックスは、企業サイドは真剣に時間をかけて悩むべきものでしょうか? 結論からいいますと、時間をかけて悩むようなレベルの話では全くないと思います。こんなことに時間をかけて悩むのは、非常の時間の無駄と思います。ニトリのようなオーナー社長の企業であれば、ある程度の時間をかけて考える気持ちも分からないでもないですが、そうでないサラリーマン役員の普通の企業であれば、スキルマトリックスに時間をかけて真剣に悩む必要性はゼロと断言できます。次回、その理由を説明いたします。

上場企業が物言う株主から自社を守るための武器(第3回) ー 安定株主はいないと本当に困りますか?(その2)

前回、安定株主がいなくても実質的には困らないことを説明しました。では、「通常の場合はそうだとしても、もし、企業に大きな不祥事があったり、業績低迷が連続している場合は安定株主がいないと困るのでは」と疑問を持つ経営トップの方もいらっしゃるかと思いますが、これはどうでしょうか? 

不祥事があったり、業績低迷が連続して続く場合には、機関投資家は「反対」の議決権行使をします。この場合、安定株主がいれば賛成率がある程度確保できるのではと思うところかと思います。しかし、政策保有株主もこういうケースでは容易に「賛成」をすることは期待できない状況になってきたと言えます。

分かりやすい例をあげますとある企業でカルテルの不祥事や長年に亘る品質隠し問題等の不祥事が発覚したとします。この発覚当時の社長が定時株主総会で取締役候補者となった場合、機関投資家はおそらく反対する可能性が高いと言えます。では、安定株主である取引先銀行や取引先会主は賛成の議決権行使をするでしょうか?

賛成することもあると思いますが、一方で、議決権行使自体をしないか、場合によっては、反対することもあるかと思います。数年前であれば、投資先企業に不祥事があろうが無かろうが賛成するのが安定株主でした。しかし、2018年のコーポレートガバナンス・コードの改訂において、次の規定が新設されました。

上場会社は、政策保有株式に係る議決権の行使について、適切な対応を確保するための具体的な基準を策定・開示し、その基準に沿った対応を行うべきである。

これを受けて、投資先企業の議決権行使に細心の注意を払っている政策保有株主も増えているということを機関投資家から聞きます。今のところ機関投資家のように議決権行使結果の個別開示をしている企業はありませんが、政策保有株主としては議決権行使の透明性にかなり気を使っているということです。

従前であれば、経理部門の担当者が議決権行使書の賛成欄に「〇」をつけて、または白紙のまま企業に返送していたところ、議決権行使に当たって、社内のしかるべき会議体での承認を経て行使するということもあるようです。いずれ近い将来においては、機関投資家と同じように政策保有株主も議決権行使結果について有価証券報告書等で開示が求められることになるのだろうと私は想像しています。

ということを考えると、機関投資家が反対をするようなケースでは、政策保有株主も反対する場合もあり、今後、益々この傾向が強まるのだろうと思います。つまり、政策保有株主と機関投家の議決権行使の方針は、おおむね方向性が揃っているということです。とすると政策保有株主、つまり安定株主に過大な期待をすることはもはや出来ないのです。

以上、3回に亘って、政策保有株式に対する資本市場の動向、安定株主の必要性について説明してきました。ご不明な点、こういう考えも出来るのではといったご意見、この銘柄の政策保有株式の妥当性はどうだろうかなど疑問をお持ちの方もいるかも知れません。その場合には、いつでもお気軽にお問合せ先からご連絡を頂ければ、ご回答いたしますので(政策保有株式以外のことでも勿論結構です)、宜しくお願いいたします。

上場企業が物言う株主から自社を守るための武器(第2回) ー 安定株主はいないと本当に困りますか?(その1)

前回、第1回で政策保有株式に関する資本市場の動きをご説明しました。結論としては、政策保有株式の縮減は今後も資本市場から強く求められる事項であり、物言う株主から指摘を受け、騒がれる前に縮減する必要があるということでした。

本日はここから発展する話として、政策保有株式の縮減により「安定株主比率が低下すると不安であると」という経営トップの方の疑問について検討したいと思います。政策保有株式を売却することと安定株主が減るということは、持合い株式のケースで、A社がその保有するB社の株式を売却することで、B社もその保有するA社株式を売却することに繋がり、結果、A社の安定株主が減るということです。持ち合いの解消ということですね。

では、このように安定株主が減少すること、極端に言うとゼロになることは企業にとって本当に困ることなのでしょうか? 私は、安定株主などいなくても企業は実はたいして困らないと考えます(安定株主とは、株主総会において会社提案議案に対して、何ら文句も言わずに「賛成」表示をする株主をいいます。取引先銀行、取引先など会社と特定の関係があり、株主を保有している株主です)。

企業の株主総会の議案はどの程度の賛成率で可決されているかを考えましょう。これは各社によって異なりますが、概ね80%台後半から90%台で可決されているのが通常かと思います。安定株主比率は会社によって当然異なりますが、20%程度と考えると、非安定株主の議決権行使での賛成率はかなり高いということになります。

機関投資家というと、会社提案議案に対して積極的に「反対」の議決権行使をする印象を持たれている経営トップの方も多く、特に自社の株主構成で機関投資家保有比率が数パーセント程度しかない中小型銘柄の経営トップの方は、そのような不安を持つ方も意外に多いように思います。

しかし、機関投資家は基本的には会社提案議案に賛成する場合が多いと考えてよいです。各社とも議決権行使基準を有し、これに基づいて議決権を行使しており、この基準に抵触しない限り「賛成」です。「反対」するケースは、例えば取締役選任議案であれば、ROE5%未満が3期連続する場合、在任年数が20年を超える場合などの例外的なケースとなっています。このようなケースを除いて、機関投資家は基本的に会社提案議案には賛成するのです。また、個人株主について言えば、彼らは素人集団ですので、会社提案議案には何も考えずに賛成します。

とすると、安定株主が存在しないことによる議案の可決におけるマイナス影響は、実のところかなり小さいと言えるのです。勿論、個人株主は議決権行使しない場合も多く、また、機関投資家が「反対」の議決権行使をする場合もあります。しかし、かといって議案の賛成率が50%ぎりぎりで可決されるということは通常想定しにくいのです。

これに対して、「通常の場合はそうだとしても、もし、企業に大きな不祥事があったり、業績低迷が連続している場合は安定株主がいないと困るだろう」という質問もあるかと思います。この場合は、どう考えたらよいでしょうか? この点は次回以降に説明したというと思いますので、暫くお待ちください。

「アクティビストのように考える」 ー これがとても大事です

7月1日の日経新聞の夕刊に非常に興味深い記事があったので、紹介します。

物言う株主から自社を守るためには、物言う株主目線で自社を見る必要があることをブログで書いてきましたが、同じようなことが日経新聞に記載されていました。「アクティビストのように考える」というタイトルの記事です。

株主が経営に注文をつけるのは当然だとアタマでは分かっていても、口角泡を飛ばして議論をふっかけてくる印象が強いアクティビストは、どうにも肌が合わない。できることなら関わりたくない・・・。そう思われる方も多いのではないか。投資銀行に助言を求めるのもよいが、手数料は決して安くない。場合によっては、資本提携と銘打っての株式持ち合いを進められるなど、ちょっと首をひねりたくなる事例もあるようだ。もっと安上がりで効果的なアクティビスト対策がある。経営陣が自らアクティビストの立場になって考え、先んじて手を打つことだ。余裕資金があれば、投資に回すか株主に還元するかを明確にしておく。投下資本利益率(ROIC)が低い事業はテコ入れするか売却するか、少なくとも議論はしておく。経営者報酬の決め方も透明性を高める。アクティビストが突いてくるのは、経営の無作為と沈黙だ。言われてその通りだと思えば受け入れるし、違うと考えれば反論すればいい。その準備ができている企業は、振り返って株価のパフォーマンスも悪くないだろう。

そうです。まさしくこのとおりなのです。私が「物言う株主から自社を守るための武器」で書いているのもこの趣旨です。資本市場の求めに対して自社の現状はどうかを認識し、自社の対応状況が不十分であれば、それに対する対応策を準備しておくことが大事です。

上場企業が物言う株主から自社を守るための武器(第1回) ー 対話ガイドラインにおける政策保有株式の記載

今回から「上場企業が自社を物言う株主から守る武器」として、いくつか重要と思われる論点を掲載したいと思います。企業が物言う株主から自社を守るには、経営トップはじめ経営陣が物言う株主の立場になり、先んじて検討・対策をすることが何より重要です。備えないまま攻められると右往左往するだけですが、①論点を認識し、②各論点について資本市場は何を求めているか、③自社としては各論点についてどういうスタンスとするのかの理論武装をしておけば、物言う株主に株式を持たれても対等に戦えます。「用意周到、準備万端」が肝要かと思います。

本日は第1回目ですが、先日、ゼネコンの政策保有株式について記事を書きましたので、政策保有株式について説明します。

今回の改訂コーポレートガバナンス・コード(CGコード)では、政策保有株式に関する補充原則の改訂はありませんでした。その一方で、投資家と企業の対話ガイドライン(対話ガイドライン)において、政策保有株式について改訂がありました。対話ガイドラインは、投資家が投資先銘柄と対話をする際に留意すべきという点を金融庁が整理したガイドラインで、2018年に制定されたものです。対話ガイドラインの該当箇所は以下のとおりで、今回改訂された箇所を太字でハイライトします。

4-2-1 政策保有株式について、それぞれの銘柄の保有目的や、保有銘柄の異動を含む保有状況が、分かりやすく説明されているか。個別銘柄の保有の適否について、保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているか等を具体的に精査し、取締役会において検証を行った上、適切な意思決定が行われているか。特に、保有効果の検証が、例えば、独立社外取締役の実効的な関与等により、株主共同の利益の視点を十分に踏まえたものになっているか。そうした検証の内容について検証の手法も含め具体的に分かりやすく開示・説明されているか。

簡単にいいますと、保有が本当に必要なものか否か社外取締役も関与させて検証しているか、また、検証の方法を具体的に有価証券報告書はじめ他の媒体で開示しているかが求められています。背景には、勿論、政策保有株式の縮減があります。これはガイドラインですが、次回の3年後のCGコードの改訂においては、今回のガイドラインの改訂を踏まえた更に強い縮減がCGコードに盛り込まれるであろうとも言われています。

対話ガイドラインというと「所詮、ガイドラインだろう」と軽視する上場企業の経営陣の方も非常に多いかと思います。しかし、これは、本来は今回のCGコードで改訂されてもおかしくなかったところ、たまたま、今回改訂は見送られたに過ぎないと考えておくことが必要です。3年後には更に政策保有株式の縮減が求められるということを上場企業は考えて、今から対応することが必要です。

政策保有株式の売却は、結構時間がかかります。個人株主が持つようにわずか数百株程度の株式を保有しているケースは普通なく、最低でも数万株を有するかと思います。とすると、流通株式の少ない銘柄であれば、一気に数万株など市場で売却すると株価が暴落して、相手に多大なる迷惑をかけるので、少しづつ売却し、売却完了まで数ヵ月から半年以上かかるケースも多いと思います。つまり売却すると決めてから、売却が完了するまで結構時間がかかると思います。

政策保有株式の保有の合理性について、機関投資家の納得を得るのはほぼ不可能です。「海外では政策保有株式がなくても、ビジネスが行われているのですよ」というのが機関投資家の意見です。政策保有株式というと「安定株主として確保したい」と考える経営トップも多いとは思いますし、この気持ちも非常に良く分かります。しかし、安定株主は本当に必要なのでしょうか?

結論からいいますと、必要な企業も勿論ありますが、多くの企業では安定株主は実は不要なのだと思います。この点があまり理解できていない上場企業の経営トップの方は意外に多いのではないかと思いますので、これは次回記事を書きたいと思います。

ゼネコン各社の政策保有株式の縮減状況(2020年度アップデート)ー大林、大成は縮減があまり進まず。一方、西松は大きく縮減

ゼネコン各社の2021年3月期の有価証券報告書が開示されました。以前にもブログで主要各社の政策保有株式の増減数を書きましたが、2020年度の数値をアップデートします。

有価証券報告書の「保有目的が純投資目的以外の目的である投資株式」の中の「非上場株式以外の株式」(=上場株式)です。2018年度、2019年度、2020年度の銘柄数を並べており、括弧は対前年比の増減数になります。

  • 大林組  149銘柄 → 129銘柄(△20)→ 123銘柄(△ 6)
  • 大成建設 141銘柄 → 139銘柄(△ 2)→ 135銘柄(△ 4)
  • 清水建設 180銘柄 → 174銘柄(△ 6)→ 163銘柄(△11)
  • 鹿島   167銘柄 → 161銘柄(△ 6)→ 144銘柄(△17)
  • 戸田建設 118銘柄 → 118銘柄( ー )→ 101銘柄(△17)
  • 西松建設  75銘柄 →  64銘柄(△11)→  26銘柄(△38)
  • 安藤ハザマ 58銘柄 →  51銘柄(△ 7)→  48銘柄(△ 3)
  • 五洋建設  50銘柄 →  33銘柄(△17)→  27銘柄(△ 6)
  • 熊谷組   11銘柄 →  11銘柄( ー )→  10銘柄(△ 1)

大林組大成建設の減少数がいまいちですね。一方、西松建設38銘柄も減らしています。西松建設は旧村上系ファンドのシティインデックスイレブンスが22%程度保有しており、今年の株主総会でも幻の議案を株主総会の議案に上程するしないで新聞にも掲載されているところです(幻の議案については前に書いた記事を最後に再掲します)。

西松建設の場合、自主的に進んで縮減をしたというより、アクティビストからの要請があって縮減を進めているのだろうと容易に想像されます。他のゼネコンは銘柄数があまり減っていませんが、西松建設をはじめアクティビストの狙われている業界ですので、安定株主の確保という観点からは各社とも縮減は進めたくないというのが本心かと思います。当然と言えば当然ですね。けど、やはりゼネコンは保有銘柄数が圧倒的に多く、資本市場の流れに乗れていない古い業界とも言えます。

6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードでは、政策保有株式に関する補充原則の改訂はありませんでした。「よかった」と安心している経営トップの方も多いのではないでしょうか。しかし、安心してはいけません。コードでは改訂はありませんでしたが、別のところで改訂がされていることに気をつけねばなりません。これが将来において何を意味するかを経営トップは理解することが必要です。週末にこの点について掲載します。