中長期的な企業価値向上のためのコーポレートガバナンス・アドバイザー / 長期での中小型株の割安株投資情報

最近のコーポレートガバナンスと資本市場の動向を踏まえ、上場企業実務の視点から中長期での企業価値向上に役立つ情報分析・発信をしていきます。個人投資家のコーポレートガバナンス力の向上による「意思のある投資」に役立つ情報発信もしています。また長期での割安株投資の情報も

基本的な会計・株式指標について②:PBR(株価純資産倍率)

前回、ROEについて話をいたしましたが引き続いて株式評価指標の1つであるPBRについて、敵対的買収のリスクを絡めて書いてみたいと思います。

PBRとは株価純資産倍率のことで次の算式で算定されます。
PBR(倍)=株式時価総額÷純資産(株主資本)

この指標の意味するところは、企業の純資産に比べて時価総額が高いか否かを判断するものです。株式時価総額とは、その企業の株式価値の市場での評価であり、一方、純資産とは企業に出資している会計上の株主の持分と言えます。厳密にいいますとPBR算定で使う純資産は、株主資本(資本金、資本剰余金、利益剰余金)に限定するのが正確かとは思いますが、純資産を構成するものは、通常株主資本が大部分かと思いますので、ざっくりとしたレベルでは純資産を分母にしても大きな問題はないように思えます。

PBRが1倍を超えている場合には、市場でその企業の株式が高く評価されていることになります。一方で、PBRが1倍を下回っている場合には、会計上の株式価値よりもマーケットで評価される株式価値が低いことになりますので、いわゆる割安株ということになります。

では、1倍を下回る場合には、敵対的買収との関係ではどのようなリスクがあるでしょうか。
結論からいいますと、PBR1倍を下回る企業は敵対的買収のリスクがあるということがいえます。仮に純資産(株主資本)100億円、時価総額50億円の会社があるとするとこの会社のPBRは0.5倍(=50÷100)になります。そこで、この会社を買収しようとする場合、時価総額に仮に30%のプレミアムを付けても(通常上場企業をTOB(公開買付)で買収する場合には時価総額も1つの目安になり、これに一定のプレミアムを載せた金額が買収提案額となることが多いと思います)65億円で買収できます。
とすると、仮に純資産(株主資本)100億円が、これが全て現金としてバランスシートの左側に計上されているとした場合、買収者はこの会社を解散・清算することで、100億円のキャッシュを得て(債権者への弁済などは考慮していません)、投資額との差し引きで35億円儲かることになります。

このようにPBR1倍を下回る場合には、買収というリスクは少なからず出てきます。

そこで、企業サイドとしては敵対的買収を防ぐには、株価を上げる努力(基本的に企業の評価は業績が何より重要ですが)をすることになります。株価をあげて時価総額を高めるのです。上場企業は株価を挙げることが企業価値を高めることと良く言われることですが、これは株主のキャピタルゲインという視点からも重要ですが、企業自身の防衛という点で大切になります。

基本的な会計・株式指標について①:ROE(株主資本利益率)

最近ROEROA、EPSなどの会計指標、株式指標について、今更ながら日常業務においてあらためて検討する機会が多いこともあり、自分の理解の整理の意味も含めて基本的な考え方について少し書いてみたいと思います。

まずはROEですが、ROE(Return on equity)とは株主資本利益率といい、当期純利益÷純資産で算定されます(単位はパーセント表示)。要は、バランスシート(貸借対照表(BS)のことです)の中で株主に帰属する持分に対して、どの程度の最終利益を会社は当期に稼げたかの指標になります。

純資産の中にある株主資本を分母にすることもあるかも知れませんが、概ねバランスシート上の右下にあります純資産と考えていただければよいかと思います。東証1部上場企業のROEの平均は、2015年度ではたしか約7~8%程度と思いますが、米国の主要企業だと12%程度であると聞いたことがあります。ちなみに、米国のアップル社は37%程度という記事を少し前に新聞で見た記憶があります。企業のステークホールダーの一人である株主に、その投資したお金に対してどの程度の利益を出しているかの目安になります。

企業としてはROEを高める努力をすることが必要になりますが、ではどのように高めればよいのでしょうか。

簡単にいいますと、ROEの計算式を見れば分かるように当期純利益を増やすとともに、純資産を少なくすればよいのです。しかし、当期の純利益は、バランスシートの繰越利益剰余金(Retained earning)に蓄積されるので、当期純利益をそのまま純資産に蓄積した場合には、結局としてROEの数値は高まりません。

当期純利益のうち、株主への配当を増やすことで蓄積される利益剰余金は少なくなるので、ROEは改善することになります。 

つまり、当期純利益が100億円あったとしますと、そのうち20億円を株主に配当金として還元しますと、バランスシート上の繰越利益剰余金に蓄積される金額は80億円(=100億円-20億円)となりROEは向上します。要するにはROEを高めるということは、株主からいえば「たくさん利益を出して株主に還元して下さいね」ということを言っていることになります。

株主への還元としては、配当以外に自己株式の取得の手法が用いられることも良くあります。配当は、例えば「1株当たり3円」といったように決定されますが、今期はたくさん利益が出たので、「1株当たり5円」としたとします。いわゆる増配ですね。この場合、翌期にはあまり利益(純利益)がでなかった場合、「1株当たり3円」に戻すとなると、今度は、いわゆる減配となり非常にマーケットでの評価が悪くなります。このように配当を増やす場合には、企業としてはそれなりの覚悟が必要になるので、アドホックな株主への利益還元策として、増配に代えて自己株式の取得を行うケースもあります。

自己株式の取得で、株主の持っている自社の株式を会社は買取り保有することで、その買取対価を株主は得ることが出来るので、株主としては配当を受け取るのと同様の効果を得ることができます。
そして、会社が取得した自己株式は、バランスシート上の純資産にマイナスで表示されるので純資産を減らすことで、ROEを高めることが出来るのです。

なお、ROEをブレイクダウンすると、デュポンシステムといって次のように分けることができます。
ROE=売上高純利益率×総資産回転率×財務レバレッジ

売上高純利益率=純利益÷売上高

総資産回転率=売上高÷総資産

財務レバレッジ=総資産÷純資産

従い、企業間のROEを分析するような場合には、単にROEの数値だけを比較するのではなく、上の公式に従いブレイクダウンすると、しかも過去数年分に遡ってグラフやエクセルシートに並べてみると(上場企業であれば法定開示書類や決算説明会資料で決算資料は見れますね)、その企業の総合力をチェックすることもできるかと思います。

次回以降は、ROA総資産利益率)、PBR(株価純資産倍率)、PER(株価収益率)などについて順次書いていきたいと思います。

フェア・ディスクロージャー制度

先日の新聞報道によれば、企業統治分野でのルール改正動向として日本スチュワーシップ・コードの改定、監査人ガバナンスコードの導入、金融商品取引法の改正(フェア・ディスクロージャールールの導入)、17年度税制改正とありました。

この中でフェア・ディスクロージャールールの導入については、運用機関サイドのアナリストにとっても大変に関心のある内容かと思いますが、同じく企業サイドではアナリストの対応窓口となるIR部門にとっても今後どこまでの情報を開示できるのか関心が高いテーマかと思います。

フェア・ディスクロージャーとは、直訳をしますと「(会社情報の)公平な開示」という意味になります。投資判断に重要な影響を与える情報について、アナリストや大株主といった特定の第三者にのみ提供するのではなく、「フェアに」(公平に)開示することとするルールです。勿論、東証に開示する適時開示事項や金商法で規定するいわゆるインサイダー情報はそもそも開示前に個別に特定の人や会社に話をすることは、法律違反になりますので、これに当たらない重要な情報の開示について対象になるということかと思います。

上場企業は、決算発表の際の決算説明会にアナリストを集めて決算の説明会を行ったり、国内外の大株主といわゆるスモールミーティングを開催して会社の状況や課題の個別説明を行っています。しかし、フェア・ディスクロージャールールの考えを厳格に考えると、基本的にこのような行為は好ましくないということになります。

としますと、会社としては、①アナリストや大株主へのこういった情報の提供をやめるか(情報提供に消極的な会社の場合)、②決算説明会の質疑応答の内容(ちなみに決算説明会資料は通常はホームページで公表済みと思います)やスモールミーティングの資料や議論の内容を全てホームページで公表する(情報提供に積極的な会社の場合)といったことになってしまいます。

こうなりますと、①の場合、アナリストが一般投資家に提供する会社レポートを作成するに十分な情報が得られません。一方、②の場合、会社サイドの負担が大変重くなります。決算説明会での質疑応答を全部メモにして内容を整えて公表するということは大変な作業かと思います。モを正確な議事にするのも結構時間がかかるのに、公表するとなると担当が書いたメモを更に上の上司や社内会議で討議するようなこともあり、それだけで労力が大変なことが容易に想像されます。
会社の負担が大変大きくなりますので、ある会社は、フェア・ディスクロージャーの議論の高まりの流れを受けてアナリストへの月次の業績開示をやめ、アナリストには不評であるようなことを聞いたこともあります。なお、欧米企業の決算発表を見るとアナリスト説明会の詳細な討議メモを公表している会社も何社か目にしたことがあります。

フェア・ディスクロージャーは、通常国会に提出される見通しとの新聞報道ですが最終的にどのような内容になるかは分かりませんが、上場企業、アナリストにとっては関心の高いところと思います。

ESG投資とは

2016年12月17日の日経新聞にESGマネー取り込みという記事がありました。最近のホットな話題として、「ESG投資」があります。

ESG投資とは、環境(environment)、社会(social)、統治(governance)に取り組む企業を選んで投資するというものです。日経新聞の記事によればGPIFがこの投資を取り入れる方針をとったことから注目が一気に高まったようです。

最近、いくつかの機関投資家と話をしたところでも、温度差はあるにせよ各機関投資家ともESGに取り組んでいくようなニュアンスが感じられ、個人的な感覚としても数年前に比べて機関投資家の考えの変化は肌で感じております。機関投資家には、当たり前ですが、アナリストがいてアナリストは会社の業績といった財務情報を中心に見ているのですが、今後はESGといった非財務情報も投資の判断材料に組み込んでいくのかも知れません。

とはいいますが、個人的にはどこまでESG投資が評価されるのか疑問もあります。

機関投資家は大量の資金を顧客から預かりそれを株式投資などで運用して、配当と株式の売却で得たキャピタルゲインから自分の儲けをとり、資金の運用委託者である顧客に配分するのです。とすると、対象会社の株価が上がることが1つの前提になりますが、株価上昇の大きな要因は対象企業の業績になります。

極端な話をしますと、業績が営業赤字が続いている会社があり、この会社は業績は悪いが、ESG活動にとても積極的に取り組んでいるとします。しかし、このような会社に投資する機関投資家はいるのでしょうか。肝心要の業績が低迷していては、株価が上がるとは到底思えず、当然多くの機関投資家の投資先にはならないと考えます。

としますと、ESG投資で市場で評価される企業というのは、結局はその前提として業績が好調であり、それに「おまけ」としてESG活動に積極的に取り組んでいることという条件が付くような気がします。

そもそもとして極めて基本的な話ですが、株主・投資家は何故企業に投資するのかというと、投資を上回るリターン(インカムゲインとしての配当、キャピタルゲインとしての株式の売却益)を得ることが目的なので、ESG活動によって「株価がどの程度上がるか」がポイントになります。

ちなみに、配当は、毎期会社が儲けた最終利益が貸借対照表上の純資産の繰越利益剰余金として溜まり、そこから一定割合を株主に還元するものなので(正確にいいますと貸借対照表の資産の部にある「現金」が確保されている必要がありますが)、ESG活動によって配当が増えるとは考えにくいです。従って、ESG活動により期待できる余地があるのは株価になります。

企業を取り巻く環境には、その時々によってホットな話題があり、私の記憶では十数年以上前には、米国型の企業統治として委員会等設置会社が話題になり、ソニー日立グループ各社を中心に導入をしたかと思いますが、結局は導入企業数は70~80社程度にとどまっています。東証の上場企業数がざっくり約3500社と考えると極めて小さい数ですね。ホットが話題がその後も浸透するのかは、必ずしもそうとは言えないのが現実です。

とはいいますも、私もESG投資の本質を理解できていないところありますので、今後の動きなどを見て何かあればアップデートしたいと思います。

企業買収防衛策とは④

15%~20%以上の株式を取得する場合には、買収防衛策の適用がありますが、これを下回る株式取得の場合には、買収防衛策の適用はありません。なお、買収者が海外投資家の場合であっても対象の日本企業が買収防衛策を導入している場合には、買収防衛策の遵守が必要になります。

では、数%(例えば5%とします)の株式を保有するマイノリティー投資家が出現した場合には会社はどのような対応をすれば良いでしょうか。

具体的には、5%の株式の取得にとどまり会社に色々と主張をしてくるアクティビストにはどのような対抗策があるかということです。ちなみに、アクティビストとは事業運営の意思はなく、株式を保有して経営に関して提言し、投資により高いリターンをあげることを狙いとする投資家をいいます。

結論からいいますと、法的には有効な対応策はないといえます。
第三者割当増資をするといっても、前回書きましたように買収者への対抗措置としての増資はその効力が問題になり、また、そもそもアクティビストの保有株式比率は小さく稀釈化の大きな意義がありません。としますと、有効な法的対応が出来ない以上は、アクティビストの主張を聞いてそれに対して真摯に対応することになると思います。ちなみにアクティビストの主張としては、増配、取締役辞任、事業分離、他社との業務・資本提携、遊休資産の売却などを主張することが多く見受けられます。

従い、これら主張に対して会社はきちんと理論的に説明をして納得をさせて、保有株式を市場で売却して頂く(「退場して頂く」)という方針をとることになります。
なお、マイノリティーの比率しかないので適当に扱っておこうという姿勢は絶対に避けなければなりません。たしかに、数パーセントの比率であれば会社の経営への直接的に大きな影響を及ぼす権利は行使できないのですが、他の株主を巻き込んで自己の主張を通す恐れがあります。具体的には、1%以上の株式又は300個以上の議決権を保有する株主は会社法上の株主提案権を行使することができます。
株主提案権とは会社の株主総会に議題を提案できる権利です。そして、毎年定期的に開催される定時総会の時期に近ければそこにぶつけて提案しますが、定時株主総の時期でなくても、少数株主権(一定比率の株式を保有する株主に会社法上認められる権利)として臨時株主総会の招集・開催を請求し、それと併せて株主提案権を行使してくることも法的に出来るのです。
そして、それに先立ち、予め議題の内容、例えば増配要求や取締役の辞任・自己の息のかかった取締役の選任、会社の特定事業の売却を主張し、事前に予め自己のこれら主張を公表して株主に自分の主張を知って貰い、株主総会で他の一般株主の賛同を得て、自己の主張を通すのです。日本企業に対するアクティビストの実例でここまで成功した事例があるかどうかは調べていないので何とも言えませんが、海外企業(特に米国)に対してはこのような主張が通ったケースもあると聞いています。
また、真摯な対応ととともに、会社としては、日常において安定株主作りをしておくことも重要です。理由は、前述のようにアクティビストが他の株主を巻き込んだ場合でも、会社をサポートしてくれる株主、即ち安定株主を確保しておくことが重要になるのです。安定株主とは通常はメインバンクや取引先等が該当しますが、有事に備えてこの安定株主の比率を増やしておくのです。

従い、会社としては、このためにも常日頃の活動において、投資家への説明会を開くなどし、自社を良く理解してもらい自社の本当の「味方」を作っておくことが大切になります。

最近の新聞報道で、ある大手電機メーカーが5年ぶりに個人投資家向けの説明会を開催したという記事を目にしました。2009年の個人投資家比率は30%強あったが、2016年3月末では25%弱まで落ち込んでいたが、個人株主には自社の成長戦略を理解して頂き、安定株主を作るというような報道内容でした。 これがアクティビスト対応の一環として行ったかどうかは勿論分かりませんが、アクティビストが出現した場合になるべく会社側提案に賛同してくれる株主を多く味方につけるという点からはこれまで安定株主とは言えなかった個人投資家にも会社の魅力度や将来の成長を理解して頂き、有事の際には会社側の味方になってくれるよう努力することがとても切になると思います。
なお、安定株主といっても有事の際にはその安定株主が本当の安定株主になるかは少し疑問があります。安定株主も、仮に上場企業であれば自社の株主に対する説明責任が問われ、仮にアクティビストの主張の方が理にかなっている場合には、安定株主が自社の株主からの圧力を受けて、アクティビストの主張に賛同でざるを得ないような状況が生じる可能性も十分あり得るのです。とすると、個人株主であってもこれを安定株主とするような活動は大切になります。
少し長くなりましたが、結論としては、真摯な対応と平時においての十分な想定対応と安定株主作りがポイントになるように感じております。

企業買収防衛策とは③

上場会社に対する買収防衛策としての買収防衛策について書きたいと思います。

買収防衛策の正式名称は会社によって様々ですが、「大量買付行為に対する対抗策」、「株式の大量取得行為に関わる対応方針」などを名称を付けています。買収防衛策は、現在約450社程度の上場企業が導入しており、スキームの細かい内容は会社によって異なるところがありますが、大きく次のようなスキームを各社とっているかと思います。

①会社の株式を市場の内外を問わず15%~20%以上を取得する者(大量買付者)は会社に取得の意向を通知

②①を受けて会社は大量買付者に対して、更なる詳細情報の提供を求める

③会社は、②の情報を踏まえて独立委員会で対応方針を決定し、最終判断を行う取締役会に会社の取るべき方針(以下の④)を勧告する。なお、独立委員会とは、社外取締役監査役や弁護士・大学教授等のみで構成する委員会になります。

④独立委員会の勧告を受けて取締役会は、(a)株主総会の承認を条件に対抗措置を発動するか、(b)株主総会には諮らず、取締役会の決議のみで対抗措置を発動することを決定

⑤対抗措置の発動として、会社は新株を大量化買付者以外に交付することで、大量買付者の株式保有比率を希釈化することで、影響力を弱める

これが大きな流れになりますが、簡単にいいますと、大量買付者の出現前(一般的に「平時」といいます)に買収防衛策を株主総会の承認又は取締役会の決議によりルールとして会社は導入しておくことで、大量買付者が出現した場合に、この者以外に新株を交付することで大量買付者の影響力を低下させるというものです。
買収防衛策を導入していなくても買収者が出現した場合、通常の第三者割当増資として、特定の第三者(ホワイトナイトといいます)に新株を交付することで大量買付者の議決権を希釈化することも一応考えられます。しかし、第三者割当増資の場合には、会社に資金使途があることが要求され、単に大量買付者の影響力を低下させる目的での第三者割当増資はその有効性が裁判で争われたときに有効性が認められない可能性が大きいのです。
一方、買収防衛策がある場合には、買収防衛策に基づく新株発行として認められる余地が大きいというものです。

買収防衛策のメリットとしては、大きく次のようなことも挙げられるかと思います。

まず、市場内買付の場合にも15%~20%を超える場合には、買収防衛策が適用になるという点です。市場内での株式取得は、金融商品取引法による公開買付規制の適用はなく、大量買付者は市場で自由に取得できるのですが、買収防衛策では、市場内の取引であっても大量買付者は買収防衛策を遵守することが要請されます。
次に、会社にとって大量買付者との交渉期間を確保できる点です。公開買付規制ですと、会社は大量買付者との間で十分な交渉を行う時間的余裕はありませんが、買収防衛策がある場合には、一定の交渉を確保することができます。

しかし、買収防衛策は大量買付者が出現した場合には有効な施策となりえますが、会社に対して少数の株式を取得して色々と要求するアクティビストに対しては有効な施策とはなりえません。何故ならば、買収防衛策はあくまで15%~20%以上の株式を取得しようとする大量買付者に適用され、数パーセントの株式取得にとどまる者に対しては買収防衛策は発動できないからです。

そこで、最近の傾向である数パーセントの株式を取得するアクティビストが出現した場合に会社としてはどのように対応すれば良いのかを次回書いてみたいと思います。

#7 企業買収防衛策とは②

上場会社に対する敵対的買収への対抗策として買収防衛策について話をする前に、前回簡単に触れた未上場会社に対する敵対的買収について書きたいと思います。

未上場会社の株式は市場で流通しているものではなく、また株主から相対で直接取得しようとしても、会社の定款で株式譲渡に当たっては、取締役会の承認が必要とになる旨を規定している会社が多いので、会社の取締役会の承認が得られない限り取得するとことは出来ません。従い、株式譲渡に反対する社長サイドの取締役が取締役会の員数の過半数を占めていれば、保有する株式を買収者に譲渡したいとの株主からの申し出があっても譲渡の可決はされないのですが、社長が自分サイドに立っていると思っていた取締役が買収者によって説得された場合には、取締役会で可決されるリスクがあります。なお、取締役会の決議は、社長が100%の株式を保有していても社長を含めた取締役の取締役会における議決は、1人1議決権となります。従い、未上場会社の社長は、敵対的買収者が出現した、いわゆる有事の場合には、自社の取締役が裏切りを行うような事態が生じないように細心の注意を払うことが重要です。仮に買収者になびく行動をする恐れがある取締役がいるような場合には、株主総会を開催して、より正確には少数株主権として(社長が一定比率の株式を保有するということが前提ですが)、臨時株主総会の開催を請求して、臨時株主総会で取締役解任の議案を上程し、株主総会の決議を経ることで解任するのです。ただ、取締役の解任は株主総会の普通決議事項ですから、過半数超の議決権を有する株主の賛成が必要になることとと、正当な理由なく解任された取締役は会社に対して損害賠償請求をすることが出来ますので、この点は留意する必要があります。

なお、余談ですが、敵対的買収のケースではないのですが、私のとても近い親戚が代々経営する会社において、銀行出身の副社長が他の取締役を抱きこみ、社長が解任されるという予想もしない事態が実際にありました。上場会社であれば、資本市場の目があるので、なかなかこういった解任劇を簡単にすることは、取締役の善管注意義務の問題もあり慎重になることもあるかと思いますが、資本市場の目に触れない未上場会社であれば、突然に色々なことが起こり得ると身近に感じました。

さて、少し脱線しましたが、買収防衛策とは、簡単にいいますと、上場会社の一定数の株式(15%又は20%程度)を取得する意図がある買収者は、会社の定めるルールに従い、買収(株式取得)を進めることを会社はルールとして定め、このルールに違反して買収をしようとする買収者に対しては、会社は新株予約権を交付し、新株を買収者以外の全株主に交付することで、買収者の株式保有比率を希釈化するというスキームになります。

なお、買収防衛策は最近廃止する企業も毎年10社~20社程度ありますが、その背景としては外国人投資家の増加があります。通常、買収防衛策は2~3年を更新期限とし、継続更新に当たっては株主総会の決議事項としている会社が多いですが、外国人投資家(外国法人)は、買収防衛策議案に対しては、ほぼ100%反対票を投じるため外国人投資家の多い会社は、株主総会で買収防衛策の承認が得られないため、外国人投資家の保有比率がたとえば30%、40%を超えてくるような会社は、やむなく廃止しているケースが多いのです。

買収防衛策の詳細とあまり本には書かれていない実務上のポイントについては、次回書きたいと思います。

#6 企業買収防衛策とは①

先日、中国企業による欧州企業の買収の話を書きましたが、これに関連して企業買収の防衛策について書きたいと思います。

企業買収とは、読んで字のごとく、企業を買収することです。企業買収には、対象会社の経営陣の同意を得て行う有効的企業買収と経営陣の同意を得ない又は反対する状況の中で買収を行う敵対的買収の2つに分かれます。前者の場合には、対象会社の意思にそった買収であるため問題にならず、後者の敵対的買収に対する企業買収防衛策が議論になります。以下、敵対的買収を前提とします。

企業買収は、上場会社について問題となるケースが多いかと思います。何故上場会社かというと、未上場会社であれば、通常は株式の譲渡は取締役会の承認が必要になるという旨を定款で規定しているので、自由に株式を譲渡・取得することはできないのですが、上場会社の株式は市場で流通しているので誰でも購入できます。
では、上場会社に対する企業買収の防衛の手段としてはどのようなものがあるでしょうか。

まず法による規制として、いわゆる外為法により海外企業による10%以上の日本企業への投資規制があります。海外企業が日本企業の10%以上の株式を取得する場合に、国が規制するというものです。しかし、適用は限定されており、買収先の会社が原子力や航空機産業である場合やこれらの会社に対して部品を供給する会社の場合で、かつ当該買収が日本の安全に影響を及ぼす恐れがある場合に限られます。従い、これに該当しない事業を営む会社の買収であれば規制の対象にならず、また、航空機の部品サプラヤーであってもこの規定が当然に適用になるかは不明のところもあります。この法規制を除くと、他には具体的な規制はないように思えます。

一般的には、買収の前後で当該買収者の保有株式比率を希釈化するため会社法の定めに従い、会社に友好的な第三者に新株を割当増資(第三者割当増資)をすることも防衛手法としては考えられます。しかし、第三者割当増資においては、会社に資金調達の必要性が要求され、買収者の株式保有比率を下げる目的だけの第三者割当増資については、後日、買収者より新株発行の差止めの訴訟や新株発行の無効の訴えが提起された場合には、裁判所の判断により、差止め又は無効とされる可能性が高くなります。

とすると、企業買収防衛の本道としては、株価を上げて時価総額を高めることで買収者に買収に係る金銭負担を増加させ、買収を思いとどまらせる、または当初予定した比率を下回る比率しか買収できないようにすることになります。しかし、そうはいっても株価は企業の業績以外にも市場環境の要素も相俟って決まるものであり、時価総額を上げたいと思っていてもなかなかその通りには行かないものです。

そこで、有効な施策としていわゆる買収防衛策の導入が出てきます。買収防衛策とは、正式には、「株式の大量買付けに関する適正ルール」等の名称を付している会社が多く、買収をしようとする者に会社が対抗するルールを設定し、そのルールの内容及びこれを遵守することを予め公表し、これを遵守しないで買収を進めるようとする者には、新株予約権等を交付することで買収者の株式保有比率を希釈化するスキームです。スキームの狙いとしては、第三者割当増資と同じですが、予め対抗ルールを定めておくということが大きな違いです。

買収防衛策は、2007年頃のスティールパートナーズによる日本企業への投資を契機に導入する企業が増え、現時点でも上場企業約3,500社のうち約450社程度が導入しています。最近廃止する企業も増えてはきてはいますが、依然として会社としては有効な施策かと思います。そこで、次回、買収防衛策のスキーム及びその留意事項について要点を絞って書きたいと思います。

#5 統合報告書について

2016年10月25日の日本経済新聞で統合報告書を作成した会社が320社に上るとの記事がありました。背景としては海外の投資家によるESG投資への関心の高まりを受けて各社とも関心が高まっているというようなことが書かれていました。ちなみに、ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を 取ったものです。

上場企業であれば毎年アニュアルレポート(日本語版・英語版)を作成しているのが通常ですが、ある企業の統合報告書を見たところ従来のアニュアルレポートと比較して、事業の全体像の説明が詳しくなっていたり、CSR(Corporate social responsibility)の説明に割いたページ数が多くなっているようです。要するにアニュアルレポートにESGに関する情報を追加して、アニュアルレポートをより充実させたのが統合報告書のイメージでしょうか。

ちなみにアニュアルレポートとは、会社が年1回の頻度で自社の事業概況や過去決算数値はじめ会社情報を記載して、公表している冊子になります。私の印象では、10年以上前は英文版がほとんどでしたが(海外投資家への説明のため)、最近は日本語版と英語版の2つを発行する会社が増えてきたと思います。更にいいますと、金融商品取引法に基づき会社が作成する有価証券報告書がありますが、有価証券報告書は文字と数値の羅列ですが、アニュアルレポートの方は任意の書類ですから、数値もグラフに並べるなど記載も各社各様で読みやすくなっています。

さて、少し前置きの説明が長くなりましたが、ESG投資の名前は数年前から耳にするようになりましたが、その背景はどこにあるのでしょうか。

そもそも投資家の企業に対する投資目的は「儲ける」ことにあります。儲けるとは、株式を購入して購入価額より高い価格で売却してキャピタルゲインを得ること、または株式を保有して配当を得ること(インカムゲイン)かと思います。ということは、投資家の投資対象となる会社は、儲かっている会社なのです。

儲かっていないと、株価も上がらないのでキャピタルゲインも小さくなるし、配当の原資となる利益の蓄積も小さいので、「うちはESG頑張っています」と企業が言っても、「そんなことより業績を良くして儲けて下さいよ」というのが投資家の要望になります。

ESG投資の高まりの背景には、色々とあるのか知れませんが投資家の本音は前述のとおりでしょう。とするとESG投資なるものが話題になっている理由が良く分かりません。そうはいってもESG投資は最近のホットな話題であり、企業(上場企業)によっては、真面目に取り組んでいるところもあるようですから、ESG投資について引き続き少し調べてみたいと思います。

#4 M&Aにおける対象会社の企業価値評価(実務現場の視点から)④

前回の「その3」に続いて、対象会社の事業計画が手許にないM&Aの初期段階で、DCF法でざっくりレベルで企業価値算定を行う際の具体的な手法について書いてみたいと思います。なお、他の方の手法と比較したこともななく、ざっくりと算定するといってももう少し正確に行う必要があるなど色々意見もあるかと思いますので、あくまで1つのやり方として紹介しております。

まずは、DCF法での事業価値の算定公式をあらためて書きます。対象会社をA社とします。

1. A社の事業計画の毎年のFCFを算出
   FCF=営業利益×(1-法人税実効税率)+減価償却費-運転資金増加額-設備投資額
2.事業計画期間終了後(4年目以降)のA社の継続価値を算出
  継続価値=継続可能FCF×(1+継続成長率)÷(割引率-継続成長率)
3.1及び2で算定した価値(事業価値)を割引率により割引いて現在価値を算出

 
まずは1についてですが、

将来の事業計画として、将来3年間の営業利益、減価償却費、運転資金、設備投資額の予想値が必要になります。M&Aの初期検討段階では、いずれの数値も手許にないわけですから、次のような内容で数値を仮定します。なお、そもそもの事業計画が手許にないことから長期の事業計画を想定で作成しても正確性が高まるものではないと思いますので、3年程度の事業計画期間と考えます。

①営業利益
 まず3年間の各年度の売上高予想を立てることが最初に必要になります。A社の過去の売上高実績及び業界の同業他社の売上高予想値(上場の同業他社であれば、ホームページのIR情報で、中期経営計画の数値として売上高、営業利益を公表しているケースが多いのでそれを参考)から、A社の将来3年の売上高予想をざっくり想定します。結果としては、A社が過去順調に売上を伸ばしている場合には、毎年2%成長といったレベルで3年間の予想売上高を立てます。その後、直近の営業利益率をベースに予想営業利益を算定します。なお、直近実績の営業利益率が過去に比べて大きくぶれている場合には、その理由を確認する必要はありますが、当該年度を除いた過去平均の営業利益率を使うのでもよいように思います。

②運転資本
 A社の過去の売上債権回転期間棚卸資産回転期間仕入債務回転期間の平均から、今後3年間の各年度の運転資金(売上債権+棚卸資産-仕入債務)を算定します。例えば、①で予想1年目の売上高を120億円として、平均売上債権回転期間(売上債権÷月商売上高)が2ヶ月とした場合、1年目の売上債権は20億円となります。

減価償却費と設備投資額 
 正常に成長している企業であれば、毎期の減価償却額と同程度の設備投資を行っていくと考えられます。とすると、上記1の式の「+減価償却-設備投資額」は結果ゼロとします。ただし、A社の過去損益実績を見て毎期大きな設備投資を行っているような場合には、それを踏まえた数値を使用(例えば過去の売上高設備投資比率などの基準)することになります。減価償却費についても、過去の売上高減価償却費比率(減価償却費÷売上高)をベースに上記①の予想売上高から算出することもあるかと思います。

次に2についてですが、

継続可能FCFは事業計画3年間の最終年度のFCFになりますが、これに成長率を乗じます。継続成長率はGDP成長率などもベースにしますが、正直誰にも正確な数値は予想できないものです。そこで、まずは仮で0.5%又は1%程度で設定します。最終的には、例えば0.5%間隔で0%、0.5%、1%、1.5%、2.0%のケースを想定して、横軸にこの継続成長率をおき、縦軸に割引率を一定の範囲で設定して企業価値を算定した図(フットボールチャート)を作成します。図で説明しないとイメージしにくと思いますので、インターネットで「DCF法,フットボールチャート」のキーワードで検索すると図が出てきます。
次に割引率ですが、この点は対象会社と似たような資本構成の他社例を参考にして8%~10%程度のレンジで設定します。

最後に3ですが、1の毎年のFCFと2の継続価値を割引率で割引いて現在価値を算出します。

以上により事業価値を算出しますが、いかがでしょうか?少し雑かも知れませんが、M&Aのきわめて初期的な段階で、売手サイドから過去損益以外の十分な情報がない状況下でざっくりとした価値算定をするのであれば、このようなやり方でも一応足るのではと思っています。マネジメント層から「ざっくりレベルで良いのでDCF法での算定価値はいくら?」と聞かれた場合、このフットボールチャートを見せればひとまずの説明は出来るのではないでしょうか。そして、その際に算定の前提を説明するのです。

エクセルを使ってDCF法での算定をしたことのない方は、実際にエクセルを使って自分の手を動かさないと肌感覚として理解できないところもあると思いますので、良く分からない方は、自社の過去決算数値や他社の決算数値でもよいので(上場企業であれば有価証券報告書で過去財務諸表が公表されています)、現時点から過去3年前の時点を起点として、そこから現時点までの3年間の実績値を事業計画期間の予想値と見立てて分析をすると理解できると思います。

以上、ざっくりと株式買収をする場合の対象会社の企業価値評価について1つの考え方を書いてみました。

#3 M&Aにおける対象会社の企業価値評価(実務現場の視点から)③

DCF法について前回に引き続き話しをさせて頂きます。

M&Aの際には、買手が自ら、またはフィナンシャル・アドバイザーを起用して売主(=株式譲渡の場合には、対象会社のオーナー(株主))に興味のほどを伝えます。そして、売主との間で合意した場合には、秘密保持契約を締結して、事業計画はじめ詳細な財務情報を入手して価値算定を行うことが出来ます。

しかし、これより前段階では、特に対象会社が未上場企業である場合には、何らかの形で過去の損益状況を外部の調査機関(帝国データバンク東京商工リサーチなどが大手調査機関としてあります)のデータをとって手に入れたとしても事業計画等の数値はないのが通常です。このような状況下で、一般の事業会社の担当の方が、ざっくりとしたレベルでDCF法による企業価値算定をするにはどうすれば良いでしょうか?
特にマネジメント層から「ざっくりでDCF法で算定した場合、価値はいくらになるのか」のような質問がされたような場合はどうすればよいでしょうか?少なくとも過去損益の実績値が手許にあるのであれば、「わかりません」とは回答できないと思います。

仮に自分が経営コンサルタントであったような場合、顧客から何らかの質問が出た場合に「知りません」の回答は許されず、一定の仮定をおくとしても何らかの回答を出す必要があるのと同様に、マネジメント層からの質問に対する回答姿勢もこれと同じと思います。

結論からいいますと情報がない中で一定の仮定をおいて、算定せざるを得ません。逆にいいますと、対象会社の事業が特殊要因で大きな業績のブレがないようであれば、常識的に一定の仮定を置くことである程度のざっくりとした算定は出来ると思います。

そこで、対象会社の十分な情報がない、つまり対象会社の具体的な事業計画が手許にないM&Aの初期段階で、DCF法でざっくりレベルで企業価値算定をしてマネジメント層に説明する際の算定方法を次回にお伝えしたいと思います。

#2 M&Aにおける対象会社の企業価値評価(実務現場の視点から)②

前回は、対象会社の企業価値評価方法として、①マーケット・アプローチ、②コスト・アプローチについて書きましたが、今回は、③インカム・アプローチとしてDCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法)についてお話します。

(前回の①、②に続いて③としております)

③インカム・アプローチ(DCF法)
将来生み出されるキャッシュ・フローをベースに企業価値算定をする手法です。対象会社の3~5年間の事業計画期間中のフリー・キャッシュフロー(FCF)及び事業計画期間終了以降の継続価値を算出して、これを現在価値に割り戻して事業価値を算出します(継続価値は、残存価値又はターミナルバリューともいいますが、その内容は以下の(b)で説明しております)。

そして、この事業価値に、前回の「その1」のマーケット・アプローチの箇所で書きましたように、対象会社の非事業用の資産(遊休資産・現金)を加算して企業価値を算出します。この企業価値から有利子負債(借入金+社債)を減算することで株式価値が算出されます。要するに、マーケット・アプローチとの違いは、事業価値の算出についてEBITDA倍率等の手法を用いるのではなく、対象会社の将来キャッシュ・フローを用いるということになります。

以上の内容を箇条書きにしますと次のとおりです(対象会社をA社として、A社の策定している事業計画期間は3年間とします)。
 
(a) A社の事業計画3年間の毎年のFCFを算出
  FCF=営業利益×(1-法人税実効税率)+減価償却費-運転資金増加額-設備投資額

運転資金は、売上債権+棚卸資産-買掛金です。前年と比較して増加した場合には、増加分をマイナスし、減少した場合には減少分をプラスとなります。

(b) 事業計画期間終了後(4年目以降)のA社の継続価値を算出
   継続価値=継続可能FCF×(1+継続成長率)÷(割引率-継続成長率)

継続可能FCFは、事業計画期間の最終年度のFCFになります。継続価値は残存価値といったり、ターミナルバリュー(TV)といいますが、聞きなれない言葉という方もいるかと思います。企業はゴーイングコンサーン(継続存続するという意味です)が前提になりますので、A社が事業計画期間終了後の4年目以降も継続して事業を営む場合の事業価値が継続価値となります。事業計画の終結時点で想定されるA社の残りの価値を事業計画期間の価値に加えるということになります。

そして、継続可能FCFは一定の成長率を伴い永続するとした場合の成長率が継続成長率になります。GDP成長率などが1つのベースになりますが、0%~2%の範囲とされることが多いような気がします。なお、仮にA社がワンマン経営で、社長が「自分は高齢で、後継者もいなく他人に引き継がせることもしたくないからあと5年したら会社はたたむ」ということが仮に確約されているのであれば(中小企業では、後継者不足の問題も言われているので、こういうこともあるのかも知れません)、A社の企業価値評価では、この継続価値の評価は不要ということになるかと思います。

(c) (a)及び(b)の価値を一定の割引率(WACC)で現在価値に割り戻す

割引率とは、加重平均資本コストで別名WACC(ワック)と言われます。会社の投資家には、株主と会社債権者(金融機関)が存在し、それぞれの投資家は投資に対して会社にリターンを要求するため、このリターンは会社から見るとコストになりますので、株主資本コスト(株主に対するコスト)と負債コスト(金融機関に対するコスト)の平均を出したものになります。この割引率の算定は、色々と複雑でその説明で分量が非常に多くなりますので、詳細は市販の書籍で見ていただきたいのですが、本ブログでの目的は、M&Aの初期段階で「あらあらの価値評価を行う」というものですので、WACCの説明は省略いたします。

(d) 事業価値に非事業用資産(現金・遊休資産)を加算して企業価値を算出 

(e) 企業価値から有利子負債を減算して株式価値を算出

書籍や人によって算定法が少し異なるところもありますが、ざっくりと対象会社の企業価値・株式価値を算定する際の算定式は概ねこのようになると思います。といっても、上記説明だけでは分かりにくく実際にはエクセルを使った表などを掲載できれば分かり易いのですが、ブログでは難しいので記載しておりません。

なお、A社が受取利息や受取配当金といった金融収益がある場合には、将来に亘って予測が立つのであれば、FCFに含めて、営業利益を、営業利益+金融収益とするのでもよいと思いますが、算定した事業価値の最後に金融収益を足しこむようなことも有りかと思います。

ここで1点お伝えしますが、実際にエクセルを使い自分でDCF法で価値算定をした方であれば理解されていますが、DCF法で算定した価値の大部分は継続価値の算定金額が占めることになります。そして、継続価値は、事業計画(上の例でいいますと3年間)終了後のFCFの成長率を0.5%に設定するのか、1%にするのかなど数値を変更することで大きく変動します。また、割引率を何%に設定するのかでも異なります。従い、DCF法で算出した事業価値の大部分は継続価値ということをご理解頂ければと思います。
 
以上が全体的な内容になります。次回、DCF法について、実務を通じて感じたところをお話しさせて頂きます。

#1 M&Aにおける対象会社の企業価値評価(実務現場の視点から)①

本日から数回に分けて、M&Aの際の初期検討をする際の企業価値評価のアプローチ手法について事業会社での事業・経営企画担当としての実務を通じて気付いたところを書きたいと思います。

事業会社においてM&Aの初期検討での企業価値評価実務を通じて、書籍で書かれているような精緻な企業価値の算定は手法としては必ずしも必要ではないと日々思うところがあり、証券会社等の投資銀行の「プロフェッナル」ではなく、一般の事業会社でM&Aの初期段階で「ざっくりと企業価値を算定する」場合の考え方を紹介したいと思います。

そうは言いましても、第1回目の今回は、まず最初に少し形式的ですが、企業価値評価の基本について紹介いたします。

M&Aの際の企業価値評価手法には、一般的に次の3つがあるかと思います。

①マーケット・アプローチ
②コスト・アプローチ
③インカム・アプローチ

各アプローチの詳細は、市販の書籍に詳細が書かれておりますので、一度見て頂きたいのですが、大まかにいいますと各手法は、次のとおりになります。

①マーケット・アプローチ

マーケット・アプローチにも類似業種比較法や株価算定法などいくつかありますが、以下では類似業種比較法について説明いたします。類似業種比較法とは、M&Aの対象会社の属する業界の一定の指標の倍率を用いて、対象会社の価値を算定するものです。ここでは、EBITDA倍率を用います。

まず対象会社の所属する業界でのEV/EBITDA倍率の平均値を求めます。この 平均値を対象会社のEBITDA(営業利益+減価償却費)に乗じて対象会社の事業価値を算出します。事業価値とは、対象会社の事業から生み出される価値です。
 
この事業価値に対象会社の非事業用資産(遊休資産+現金)をプラスして企業価値、つまり対象会社全体の価値を算出します。そして、企業価値から有利子負債(借金ですね。通常は借入金と社債でしょうか)を控除して株式価値が算出されます。

これがマーケット・アプローチによるざっくりとした企業価値・株式価値の算定になります。

具体的には、業界のEV/EBITDA倍率が8倍で、対象会社のEBITDAが20億円とした場合には、対象会社の事業価値=160億円(20億円×8倍)となります。
ここで企業価値と株式価値の違いですが、企業価値とは、その会社の全体の価値ですが、株式価値とはM&Aで株式を取得する際の株式の価値、つまり買手が売主(対象会社の株主)に支払う株式譲渡代金になります。
 
従い、対象会社の買手は、株式価値が50億円と算定された場合には、50億円で対象会社のオーナーから株式を取得できますが、この会社に借金30億円がある場合には、この30億円がもれなくついていますので、結局、対象会社を80億円(企業価値)で買うということになります。

なお、これ以外にも、PER倍率法といって、同じ業界のPER(株式時価総額÷純利益)の平均値を対象会社の純利益に乗じて、株式価値を算定する方法などもあります。しかし、ご存知のとおり純利益は、営業利益から営業外損益特別損益を加味した金額なので、必ずしも業界平均が妥当といえるか微妙なところがあると思います。

そこで、事業会社の本業での利益であるEBITDA倍率を基準にすることが多いように思えます。

証券会社の投資銀行部門が、非上場企業のM&A提案をする場合にもざっくりとEV/EBITDA倍率で対象会社の大まかな価値を算定して、会社に「おおよそ100億円の価値です」などと伝えることも多いと思います。
 
②コスト・アプローチ

コスト・アプローチは、単純で平たく言えば対象会社の純資産を株式価値とする方法です。この場合、資産を時価評価しなおして(負債も時価評価するのですが、現実には負債は簿価と時価で大きく異ならないことが多いと思います)純資産を求める時価純資産方式と、簿価純資産を使う簿価純資産方式があります。

以上が、マーケット・アプローチ、コスト・アプローチの概要になりますが、本論でありますインカム・アプローチであるDCF法につきましては、少し長くなりますので、次回、まずはDCF法の基本的事項をお話しし、次々回にDCF法でざっくり算定する際の実務上の手法について、ご紹介したいと思います。