中長期的な企業価値向上のためのコーポレートガバナンス・アドバイザー / 長期での中小型株の割安株投資情報

最近のコーポレートガバナンスと資本市場の動向を踏まえ、上場企業実務の視点から中長期での企業価値向上に役立つ情報分析・発信をしていきます。個人投資家のコーポレートガバナンス力の向上による「意思のある投資」に役立つ情報発信もしています。また長期での割安株投資の情報も

#4 M&Aにおける対象会社の企業価値評価(実務現場の視点から)④

前回の「その3」に続いて、対象会社の事業計画が手許にないM&Aの初期段階で、DCF法でざっくりレベルで企業価値算定を行う際の具体的な手法について書いてみたいと思います。なお、他の方の手法と比較したこともななく、ざっくりと算定するといってももう少し正確に行う必要があるなど色々意見もあるかと思いますので、あくまで1つのやり方として紹介しております。

まずは、DCF法での事業価値の算定公式をあらためて書きます。対象会社をA社とします。

1. A社の事業計画の毎年のFCFを算出
   FCF=営業利益×(1-法人税実効税率)+減価償却費-運転資金増加額-設備投資額
2.事業計画期間終了後(4年目以降)のA社の継続価値を算出
  継続価値=継続可能FCF×(1+継続成長率)÷(割引率-継続成長率)
3.1及び2で算定した価値(事業価値)を割引率により割引いて現在価値を算出

 
まずは1についてですが、

将来の事業計画として、将来3年間の営業利益、減価償却費、運転資金、設備投資額の予想値が必要になります。M&Aの初期検討段階では、いずれの数値も手許にないわけですから、次のような内容で数値を仮定します。なお、そもそもの事業計画が手許にないことから長期の事業計画を想定で作成しても正確性が高まるものではないと思いますので、3年程度の事業計画期間と考えます。

①営業利益
 まず3年間の各年度の売上高予想を立てることが最初に必要になります。A社の過去の売上高実績及び業界の同業他社の売上高予想値(上場の同業他社であれば、ホームページのIR情報で、中期経営計画の数値として売上高、営業利益を公表しているケースが多いのでそれを参考)から、A社の将来3年の売上高予想をざっくり想定します。結果としては、A社が過去順調に売上を伸ばしている場合には、毎年2%成長といったレベルで3年間の予想売上高を立てます。その後、直近の営業利益率をベースに予想営業利益を算定します。なお、直近実績の営業利益率が過去に比べて大きくぶれている場合には、その理由を確認する必要はありますが、当該年度を除いた過去平均の営業利益率を使うのでもよいように思います。

②運転資本
 A社の過去の売上債権回転期間棚卸資産回転期間仕入債務回転期間の平均から、今後3年間の各年度の運転資金(売上債権+棚卸資産-仕入債務)を算定します。例えば、①で予想1年目の売上高を120億円として、平均売上債権回転期間(売上債権÷月商売上高)が2ヶ月とした場合、1年目の売上債権は20億円となります。

減価償却費と設備投資額 
 正常に成長している企業であれば、毎期の減価償却額と同程度の設備投資を行っていくと考えられます。とすると、上記1の式の「+減価償却-設備投資額」は結果ゼロとします。ただし、A社の過去損益実績を見て毎期大きな設備投資を行っているような場合には、それを踏まえた数値を使用(例えば過去の売上高設備投資比率などの基準)することになります。減価償却費についても、過去の売上高減価償却費比率(減価償却費÷売上高)をベースに上記①の予想売上高から算出することもあるかと思います。

次に2についてですが、

継続可能FCFは事業計画3年間の最終年度のFCFになりますが、これに成長率を乗じます。継続成長率はGDP成長率などもベースにしますが、正直誰にも正確な数値は予想できないものです。そこで、まずは仮で0.5%又は1%程度で設定します。最終的には、例えば0.5%間隔で0%、0.5%、1%、1.5%、2.0%のケースを想定して、横軸にこの継続成長率をおき、縦軸に割引率を一定の範囲で設定して企業価値を算定した図(フットボールチャート)を作成します。図で説明しないとイメージしにくと思いますので、インターネットで「DCF法,フットボールチャート」のキーワードで検索すると図が出てきます。
次に割引率ですが、この点は対象会社と似たような資本構成の他社例を参考にして8%~10%程度のレンジで設定します。

最後に3ですが、1の毎年のFCFと2の継続価値を割引率で割引いて現在価値を算出します。

以上により事業価値を算出しますが、いかがでしょうか?少し雑かも知れませんが、M&Aのきわめて初期的な段階で、売手サイドから過去損益以外の十分な情報がない状況下でざっくりとした価値算定をするのであれば、このようなやり方でも一応足るのではと思っています。マネジメント層から「ざっくりレベルで良いのでDCF法での算定価値はいくら?」と聞かれた場合、このフットボールチャートを見せればひとまずの説明は出来るのではないでしょうか。そして、その際に算定の前提を説明するのです。

エクセルを使ってDCF法での算定をしたことのない方は、実際にエクセルを使って自分の手を動かさないと肌感覚として理解できないところもあると思いますので、良く分からない方は、自社の過去決算数値や他社の決算数値でもよいので(上場企業であれば有価証券報告書で過去財務諸表が公表されています)、現時点から過去3年前の時点を起点として、そこから現時点までの3年間の実績値を事業計画期間の予想値と見立てて分析をすると理解できると思います。

以上、ざっくりと株式買収をする場合の対象会社の企業価値評価について1つの考え方を書いてみました。