中長期的な企業価値向上のためのコーポレートガバナンス・アドバイザー / 長期での中小型株の割安株投資情報

最近のコーポレートガバナンスと資本市場の動向を踏まえ、上場企業実務の視点から中長期での企業価値向上に役立つ情報分析・発信をしていきます。個人投資家のコーポレートガバナンス力の向上による「意思のある投資」に役立つ情報発信もしています。また長期での割安株投資の情報も

伊藤忠商事によるファミマのTOBーファミマがTOBへの応募推奨しなかった理由

伊藤忠商事によるファミリーマート(ファミマ)のTOBでファミマが、応募への推奨まではしないことが開示されましたが、その背景の詳細について、7月17日の日経新聞に掲載されていました。先日のブログでも掲載しましたが、ファミマの意見表明の開示文の該当箇所を抜粋すると次のとおりです。

 当社は、・・(途中省略)・・賛同する旨の意見を表明しておりますが、本公開買付けの 買付け等の価格である2,300 円は、当社の一般株主に投資回収機会を提供する観点では一定の合理性があり、妥当性を欠くものとは認められないものの、一般株主に対し本公開買付けへの応募を積極的に推奨できる水準の価格に達しているとまでは認められないことから、株主の皆様に対して本公開買付けへ の応募を推奨することまではできず、本公開買付けに応募するか否かは株主の皆様のご判断に委ねることとしております。」

新聞報道によれば、ファミマは、独立委員会を設置し、独立委員会はDCF法で適正価格は2,472円と算出したようです。伊藤忠は新型コロナの影響は、長期にわたり収益に影響するとして、2,200円を提示し、これに対してファミマは引上げを求め、結局、2,300円を通告したということです。

一方、ファミマが起用したフィナンシャルアドバイザーはDCF法で算出した適正価格の下限は2,054円であり、これによれば、伊藤忠の提示価格は適正となりますが、独立委員会の算定価格を尊重したということです。

コロナの下でのDCF法の価値算定は難しいというか、前提の将来の事業計画値をどう置くのかが難しいと思います。今期の業績見通しが不明な段階で、今後、3年、5年といった期間のフリーキャッフローを正確に予測することは困難かと思います。

もともとDCF法はその正確性に乏しいところですが(5年先の見通しなど現実には予測不可)、それがコロナにより益々不正確なものになっているかと思います。DCF法は、投資銀行の方であれば入社1年目の社員でも詳しく理解していますが、将来フリーキャッシュフロー(税引後営業利益+減価償却費ー運転資金増加額ー設備投資額)の割引現在価値で算出しますが、コロナの環境下で、今後5年間の営業利益など現実には分かるはずがありません。

また、DCF法で株価算定をしたことのある方なら誰でも知っていますが、将来の予測数値は極めて予測不明の上。最終予測期間の数値によって価格の大部分が決定してしまうという、見方によってはどのような算定結果の数値が作れる方法です。勿論、DCF法にのみで価値算定を行うことなく、マルチプルなどの方法も使います。

結局のところは、買収価格を決定するのは、DCF法で云々などの細かいテクニカルなことではなく、株主が納得する価格かどうかであり、株主は市場株価に対して、いかほどのプレミアムが乗っているかに関心を示します。

答えありきの下、その答えをもっともらしくするためにDCF法などで何通りも算出するのが現実の実務です。では、TOB価格の2,300円はどの程度のプレミアムが乗っているのでしょうか。ファミマの意見表明の開示文を見ると次のとおりです。

  • 7月7日の終値に対して30.24%
  • 7月7日から直近1ヵ月の平均値に対して20.55%
  • 直近3ヵ月の平均値に対して22.47%
  • 直近6ヵ月間の平均値に対して11.22%

コロナを株式市場が意識したのは1月21日からと思いますが、ファミマの1月20日の市場株価(終値)は2,556円ですので、コロナ前の市場価格を下回る価格でのTOBといえます。

ファミマの株主からすると、コロナ前の市場株価を下回る株価でのTOBなど論外という気持ちも良く分かります。コロナで投資先銘柄の株価が下がっている時にそれにかこつけて、買収するなど伊藤忠のスタンスを疑いたくなるところだと思います。

TOB、MBOのプレミアムは30~40%がこれまでの実例であったかと思いますし、ファミマのプレスにも次の記述があります。

「2010年以降に発表された非公開化を目的とした買付規模が500億円以上の他の公開買付けの事例におけるプレミアムの水準(平均値は、公表日の前営業日比36.9%、直近1ヶ月間の終値単純平均比39.2%、直近3ヶ月間の終値単純平均比39.0%、直近6ヶ月間の終値単純平均比36.8%)と比較し十分なプレミアムが付されているとは認められない等、当社の一般株主の皆様に本公開買付けへの応募を積極的に推奨することができる水準には達していないとの結論に達したため、本公開買付けに応募することを推奨することの是非については中立の立場をとった上で、最終的に株主の皆様の判断に委ねるのが相当であると判断した旨回答いたしました。」

コロナでの株価下落をチャンスとみてTOB価格を算定した伊藤忠ではありますが、今回のTOBでどの程度の応募が株主からあるのか、興味を持って引き続き見ていきたいと思います(ファミマの株主がTOB価格の不合理性を理由に訴訟などを提起すると面白いのですが)。