中長期的な企業価値向上のためのコーポレートガバナンス・アドバイザー / 長期での中小型株の割安株投資情報

最近のコーポレートガバナンスと資本市場の動向を踏まえ、上場企業実務の視点から中長期での企業価値向上に役立つ情報分析・発信をしていきます。個人投資家のコーポレートガバナンス力の向上による「意思のある投資」に役立つ情報発信もしています。また長期での割安株投資の情報も

ブーン・ピケンズと小糸製作所の攻防-「ブーン社による株式問題」を読んで

米著名投資家ブーン・ピケンズ氏が9月11日に死去したことが日経新聞で掲載されていました。

ピケンズは、1980年代終わりにトヨタ系自動車部品メーカーの小糸製作所の株式取得を通じ、株主の権利重視を主張して有名となった方です。

保有有株式の影響力をもとに、発行会社に高値での引き取りを要求する「グリーンメイラー」的な活動が批判の対象となったことで、当時は、株式を買い占めて企業に法的提案をする乗っ取り屋として日本では批判をされました。

とは言っても私も会社法の教科書等で事件名を聞いたことがある程度で、小糸製作所との攻防について詳細は分かりませんでしたが、2005年に発行された「小糸製作所90年史-安全を光に託して」に「ブーン社による株式問題」として経緯が詳細に書かれていましたので、紹介します。

  •  1988年2月に麻布建物から、同社が小糸製作所(以下「小糸」)の株式を大量に保有しており、当時の株価2000円を大幅に上回る高値での買取を小糸に要請し、同年5月には、麻布建物の渡辺喜太郎社長が「小糸が株式を引き取らないのであれば、トヨタ自動車に買うように言ってほしい旨」を小糸に打診し、小糸は拒否
  • 1989年3月末にブーン社が小糸製作所の3,240万の名義書換を申請し、20.2%の株式を取得。同年4月に小糸にブーン社の代表であるブーンピケンズは、次のような内容を要求 ➡ ①小糸株式を20%保有しているトヨタ自動車と同じようにブーンサイドから3名を小糸の取締役に選任すべき ②筆頭株主として配当の増額を要求する ③日本の自動車メーカーは系列取引を改めるべき。これは日米貿易摩擦の一因 ④小糸の詳しい財務・会計データを入手したい
  • 小糸は、日本で最大手の法律事務所である西村あさひ法律事務所をリーガルアドバイザーとして起用
  • 1989年6月に小糸の定時株主総会が開催され、3時間17分に及んだが、ピケンズの提案する取締役3名の選任は否決。その後、ピケンズは、1990年3月に26.4%の株式保有に至り、小糸は4月に特別配当として1株2年増配し、年10円とすることを公表、その後、6月の小糸の定時株主総会で株主提案を巡る攻防があったが、ブーン社の提案は否決
  • 1991年4月に米ワシントンポストに「オーケー・トヨタ、オーケー・コイト。私はあきらめる」というピケンズの徹底宣言が出された、1991年の定時株主総会にはピケンズは出席せず、終結

簡単にまとめると記のような内容が書かれています。

なお、この問題の中で、1990年12月に証券取引法が改正され、「5%ルール」が施行されたようです。それまでは、5%ルールがなかったのでブーン社の取得が外からは分からなかったのが問題とされ、5%ルールが制定されたようです。

なお、5%ルールにより、ブーン社が麻布建物から融資を受けており、小糸株式の実質株主は麻布建物であることが判明したようです。

当時は、ピケンズの提案は黒船来航としてオールジャパンで対抗したのかも知れませんが、同じような提案は、当時から20年が経過した現在では、アクティビストが頻繁に提案しており、これに賛同する伝統的機関投資家もかなり増えています。

今の時代であれば、小糸に対するピケンズの提案が通ったのかも知れません。小糸への提案で、系列取引の是正を求めている点などは、まさしく、今では政策保有株式の縮減として政府が企業に求めている内容です。

私が社会人になった頃は多くの企業の大株主名簿を見ると、上位に都銀・地銀や取引先の名前があり、安定株主比率が高いのが当たり前の時代でしたが、この「ブーン社による株式問題を」読んで、時代は20年で大きく変わったとあらためて感じました。