中長期的な企業価値向上のためのコーポレートガバナンス・アドバイザー / 長期での中小型株の割安株投資情報

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物言う株主による黒田電気への提案のざっくりとした検証~有価証券報告書の情報から

少し前になりますが7月19日の日経新聞で、投資会社のレノが黒田電気の本年の定時株主総会で株主提案を行って選任された社外取締役の方と黒田電気の社長の経営方針に関する見解の記事が掲載されていました。

レノは、村上ファンド系のファンド(物言う株主)であり、本年の定時株主総会で株主提案が通った事例として新聞や雑誌でも報道されたことは記憶に新しいかと思います。

レノとレノによる株主提案で選任された社外取締役は、黒田電気に対して、経営統合による規模の拡大、コーポレートガバナンスの徹底、自社株買による株主還元を求めているようであり、記事を読んだ限りでは、経営統合と株主還元については、社外取締役黒田電気の社長のコメントでは、完全に対立していました。

株主還元の主張は、企業の毎期の利益が積み上がり現金が潤沢にある場合には、企業に設備投資、M&Aなどの明確な使途の予定がない限り、それを株主に還元せよというものです。より簡単にいいますと余剰資金は社内に溜め込むのではなく、吐き出せということです。

この記事を読んで黒田電気の財務状況がどんな状況にあるのか気になり、同社の2017年3月期の有価証券報告書をぱっと見たところ次のようになっていました。

ネットキャッシュ = 現預金(バランスシート)-有利子負債(借入金等明細表)=  291億円-23億円 = 268億円

株主資本比率 = 純資産(除く非支配持分)÷ 資産合計= 752億円 ÷ 1,175億円= 64%

ROE当期純利益 ÷ 純資産(除く非支配持分)= 51億円 ÷ 752億円 = 6.8%

PBR = 株式時価総額 ÷ 純資産(除く非支配持分)= 810億円(7月31日時点) ÷ 752億円 = 1.1倍

これだけを見ますと、まずキャッシュ(現金)・留保利益が潤沢であるといえるかと思います。純資産の約70%が利益剰余金で、株主資本比率も64%と内部留保が蓄積されています。

ROEについてはどうでしょうか。

2016年度の日本の上場企業のROE平均は約8%であり、それと比較すると6.8%は平均を下回ります。なお、2014年に経産省が出した伊藤レポートでもROEは8%を超えるべきであるといわれております。ROEは株主が投資に対して期待するリターン(株主資本コスト)であり、株主資本コストはざっくり約8%あるので、これ上回るべきリターンを上げるべきというものがROEの別の見方になるかと思います(ちなみに米国企業のROEは約12%台になります)。ROEが低いということは、純資産が大きい、つまり内部留保が蓄積されて言えるかと思います。

また、レノの村上氏があるファンドマネージャーと2015年頃に対話をした記事を読んだときに、レノが黒田電気の株式を取得した理由などについて、次のようなことが書かれていました。

・PBRが1倍割れで株価が割安(当時は1倍を下回っていたいたようです)
・ネットキャッシュが時価総額の30%もある
・PBR1倍割れであれば自社株買を行って株価を上げるべきところ行っていない。逆に転換社債を発行している
・配当性向は今後3年間は100%であっても問題ない

現在は上で算出した場合、PBRは1倍を少しだけ上回っており、2015年のレノの村上氏との対話の記事の時とは少し状況が異なりますが、現時点でも割安に近い水準といってよいようにも思えます。ネットキャッシュも依然として潤沢にあります。

なお、ネットキャッシュの大きさを図る指標として(株式の割安を図る指標かも知れませんが)、ネットキャッシュの割合を株式時価総額と比較するネットキャッシュ比率があります。黒田電気の場合は、次のとおりになります。

ネットキャッシュ比率= ネットキャッシュ ÷ 株式時価総額 = 268億円 ÷ 810億円(2017年7月31日)= 33%

ネットキャッシュ比率が100%を超えるとその会社の株価が市場で低く評価されていることになりますが、さすがに100%は超えていませんが、33%というのはネットキャッシュ比率の企業ランキングでも上位に入るかと思います。

さて、このキャッシュが設備投資、M&A等の成長投資に使用されるのであれば、手元にキャッシュをおくことは説明がつきますが、黒田電気の場合は、どうでしょうか。

アナリスト説明会の資料やアナリストレポートを見ていないので、同社のM&A戦略や設備投資の戦略の詳細は分かりませんが、有価証券報告書の記載のみからでも設備投資に関する姿勢について一応の推測はできるかと思います。

毎期の減価償却費とネットでの設備投資の金額を比較することで、大雑把なレベルで、少なくとも積極的な将来投資を行っているか否かは推測できるように思えます。

通常、企業は毎期の減価償却費相当の設備投資は事業継続に必要とされており、減価償却費を超える設備投資をしていれば、これは将来の成長に向けた積極的な投資をしていると考えることができます。こで、黒田電気の2017年3月期のキャッシュフロー計算書を見てみます。

営業活動によるキャッシュフローから減価償却費を見ますと22億円となっています。次にネットでの設備投資額ですが、ざっくりと投資活動によるキャッシュフローの中にある有形固定資産の取得と売却の差額とすると、次のとおりになります。

ネット設備投資額=有形固定資産の取得による支出-有形固定資産の売却による収入=14億円 - 2億円=12億円

とすると、少なくとも積極的な成長投資はしていないようにも見えます。ちなみに、2016年3月期の数値を見ても、傾向は大きく変わっておりません。

 

以上は有価証券報告書の数値情報を、ぱっと時間をかけずに見た限りの極めて大雑把な分析で、正確性に欠けるかも知れませんが、レノが株主還元を求める状況も一応は理解できるように思えます。

では、次に黒田電気の株主構成はどうなっているでしょうか。

何故株主構成の話をするのかといいますと、物言う株主の提案が正当であってもその提案を通すには、株主の同意を得る必要があります。

何故ならば仮に安定株主が50%もいたりすると、株主提案に安定株主が賛成することは通常ありませんので、物言う株主は、自分の提案に多少の賛同は得られても過半数の賛成を得ることはできないのです。

ここで黒田電気の株主構成について有価証券報告書から見ると、議決権ベースでは、2017年3月末では外国人比率が約24%となっています。他に安定株主として銀行、生命保険・損害保険がどの程度保有しているのかは分かりませんので、安定株主比率は断定はできませんが、外国人のほとんどは、通常は海外の機関投資家で「非安定株主」になりますので、レノの提案が理にかなったものであれば、外国人株主は、躊躇することなくレノの提案に賛成することになります。

レノは共同保有分を含めて黒田電気の株式を議決権ベースで約37%ほど保有しているようですので、レノが株主提案を行う場合には、自社の保有比率と外国人比率24%を単純合算するとあっさりと50%を超えることになります。黒田電気としては、レノの権利を弱めたいと思う場合には、先般の出光興産のように公募増資又は第三者割当増資をして希釈化を行うということなどが法的には考えられるかも知れません。

有価証券報告書の細部までじっくり読んでいませんし、決算説明会資料なども一切見ていない、細かい数値や考え方に少々誤りがあるかも知れませんが、黒田電気有価証券報告書を時間をかけずにぱっと眺めた限りでの、大きな観点からの個人的に気付いた事項を書いてみました。