先日の日本経済新聞で、株主資本コストの意識に関するKPMGの企業への意識に係る調査結果の記事がありました。
この記事によれば、資本コストを意識している企業は4社に1社で、企業の資本コストに対する意識は希薄で、資本コストを巡り企業と投資家の間で意識格差があるということでした。
記事の表現では、「資本コストは企業に対する株主の期待収益率を示す。企業は資本コストを上回る収益率を出せば投資家の期待にこたえていることになり、株価上昇につながる。」とのことですが、本日はあらためて資本コストの意義について書いてみたいと思います。
資本コストとは、会社の経営陣が「投資家」に対して負っている資本調達に関するコストのことをいいます。ここで「投資家」とは、会社債権者である「金融機関」と「株主」を示し、資本コストは、金融機関に対する「負債コスト」と株主に対する「株主資本コスト」の2つで構成されます。
この中、分かりやすいのは負債コストであり、これは金融機関からの借入金のコストであり、PL上は支払利息として営業外費用に計上されますので、会社の経営陣も負債コストは当然のこととして意識しています。金融機関からの借入利息を知らない経営陣はいませんよね。
問題は、株主資本コストです。
何が問題かというと、企業のPL上は株主資本コストが数値となってあらわれないため、経営陣にとっては馴染みが薄いということになります。なお、日本経済新聞の記事では、「資本コスト」と記載されていますが、正確には「株主資本コスト」に焦点が当てられているかと思いますので、以下は「株主資本コスト」について書きます。
まず、株主資本コストとは、株主に対して経営陣が負担するコストですが、株主から見た場合、株式資本コストとは投資の期待収益率(期待するリターン)と言い換えることができます。
期待収益率であるリターンとは、何かを得るために投資した資本の比率になり、具体的には、例えば、400円で市場で株式を購入して、株価が500円に上昇した段階で株式を売却した場合、リターンは100円(500円-400円)÷400円(%)=25%となります。
では、「期待収益率である株主資本コストはどのようにして算定されるの?」ということですが、これには算定式があり、CAPM(キャップエム)という方式が一般的で、次の算式になります。ファイナンスの書籍を見ると大抵この算定式が記載されています。
株主資本コスト=リスクフリーレート+ベータ(β)×マーケットリスクプレミアム
これについて解説しますと、まずリスクフリーレートですが、これは、投資家が国債への投資で期待するリターンをいいます。日本国債(10年)の直近の過去3ヵ月平均ですと0.06%程度かと思います。
次にマーケットリスクプレミアムですが、株式市場全体のリターンとリスクフリーレートの差です。株式市場全体とは、TOPIXなどの市場全体の株価の動きを表す指数のことをいいます。Ibbotson Associatesのデータ(有料)を使うことが一般的かと思いますが、参考までに東京ガスの2018年3月期の第2四半期決算の説明会資料を見ると、同社では2017年度見通しとして「マーケットリスクプレミアム=5.5%」としています。
最後にベータ(β)ですが、これは株式市場全体の変動に対してその会社の株式の変動を示します。つまり、株式市場全体の収益利益率が10%上昇した場合、ベータ=1の場合には、この企業の株式の収益率も市場全体と全く同じく10%上昇するところ、ベータ=1.5の場合には、収益率が15%になることをいいます。つまり、ばらつきの程度になります。ベータ(β)はブルームバーグが有料で提供しています(少し前までは無料で提供していました)。
以上のとおりまずは用語について説明しましたが、要するに、投資家である株主はハイリスク・ハイリターンを求めるところ、株式は国債よりもリスクは大きいため、株式に投資する株主は高いリターン(収益率)を求めます。そして、投資先の企業によって収益率にばらつきがありますので、市場全体の動きより値動きが大きい企業、つまりβが大きい企業に投資する株主はそのリスクに見合ったリターンを要求するということになります。これが株主資本コストということになります。
ところで、「株式は何故国債よりリスクが大きいのか?」というのは、株主は確実に配当を受けられることは確約されておらず、企業が赤字の場合には配当を受けられなかったり、また、配当が減る(減配といいます)こともあり、この点でリスクが大きいということです。
繰り返しになりますが、株主資本コストは、負債コストと異なり会社の財務諸表には一切現れてこない数値のため、企業経営者は意識をしていない方が多いということが記事の内容であり、これは従前より言われていることです。
通常の事業会社では、総合商社のように日常的に投資を行っている企業は別ですが、株主資本コストの話がでるのは、M&Aの企業価値算定でDCF法で価値算定をする際の将来キャッシュフローの割引率の時に出てくるようなケースで、通常の業務では頭では意識していても使うことは少ないのが現実かと思います。また、そもそもM&Aなどは、普通は5年~10年に1回程度の頻度でしか普通の企業では行われず(ちなみに、グループ会社の再編は通常はM&Aとはいいません)、DCF法すら使うことは稀かとは思います。
では、株主資本コストは何と比較すべきで、そしてこれが低い場合には、企業にはどいういう影響が出るのでしょうか?
まず比較する対象ですが、ROE(株主資本利益率)になります。
ROEは株主が投資した資本に対してどの程度の利潤を上がられたかを意味し、株主の持分に対する投資収益率を表すことになります。これが株主資本コストを上回る場合、株主が期待する収益率以上の利潤を企業は上げていることになります。
一方、これを下回る場合、この企業は株主の期待収益率にこたえることが出来ていないことになります。
では、このように期待する利潤をあげていない場合には、どういう影響が出ることになるでしょうか。
この点は、「ざっくり分かるファイナンス(経営センスを磨くための財務)」(石野雄一 / 光文社新書)に分かりやすく書いてあるのですが、期待収益率を上げられないということは、この企業に投資することは儲からないため、株主は期待する収益率を得られる他の企業の株式を購入した方が得と考え、株式を売却することになります。
株価は株式の需給バランスにより決まるものであるため、株式の売却が進むと、株価が下落し、結果、株式時価総額が低下します。となると、この企業は「お買い得」ということになり、買収のリスクにさらされることなります。
以上、少し長くなりましたが、資本コストについて今回は書いてみました。
株主資本コストとは、機関投資家は当然に意識している一方で、企業サイドでは意識が希薄です。しかし、今後、機関投資家と企業との対話が進む状況下にあって、株主資本コストが分からないでは十分な対話ができません。資本コストは対話の前提になると思います。
伊藤レポート2.0の影響もあり、株主資本コストを意識する企業は今後は増えるものと思われますが、事業会社の経営企画部門(数値を扱う経営企画部門です)やIR部門の方が理解すべきは当然ですが、数値について縁のない法務部といった管理部門の方であっても一度ファイナンスの入門書を読むなどして理解されるとよいと思います。
ちなみに、初歩的なファイナンスの教科書としては、「コーポレートファイナンス入
門(第2版)」( 砂川伸幸 / 日経文庫)、先ほどあげた「ざっくり分かるファイナンス(経営センスを磨くための財務)」(石野雄一 / 光文社新書)が、非常に良書と思います。
入門書のため、投資銀行でファイナンスを専門に扱いそれをサービスとして事業会社に提供するプロの方にとっては内容は全然物足りないと思いますが、事業会社にいて投資銀行の方と話をする立場の方であれば、この書籍に書かれていることを理解すれば(ただし、入門書ですが内容はそれなりに難しいです)、十分であると思います。
前提としてやはり財務会計の知織が必要になりますが、財務会計をある程度理解され
ている方であればこの2冊両方とも手にとって、じっくりと読むととても勉強になると思います。