中長期的な企業価値向上のためのコーポレートガバナンス・アドバイザー / 長期での中小型株の割安株投資情報

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ネットD/Eレシオとは?~出光興産の公募増資の報道から

以前に出光興産の公募増資について書きましたが、その後、出光の公募増資に関する取締役会決議に対する創業家の差止め請求に対して、裁判所が申請を却下したとの報道がありました。

新聞で頻繁に掲載されているのでご存知の方も大変多いかと思います。

本件の争点は、公募増資は創業家の持株比率の稀釈化を目的とするもので不公正発行に当たるとして創業家サイドが公募増資の差止めを求めたものですが、裁判所は、それ自体は目的として不当であるも、一方、出光は借り入れの返済原資にすることも増資の狙いにあり、その目的には、必要性・合理性があり、総合的に判断して不公正な発行には当たらないと判断をしたようです。

ここで、借入の返済原資にするということで出光の借入金額(有利子負債)がいくらあるのか気になり、ざっと出光の直近の有価証券報告書を眺めるとともに、有利子負債に関する指標であるネットD/Eレシオについて書いてみたいと思います。

まず新聞報道によれば今回の増資での調達額は1,200億円とのことです。一方、出光の2017年3月期の有価証券報告書の借入金等明細表を見ますと有利子負債(長・短期借入、リース債務等)が約9,900億円で、連結バランスシートにある現金及び預金を見ますと約910億円となっています。

ネットD/Eレシオは、ネット有利子負債÷純資産(少数株主持分除く)で算出され、企業の資本金や留保利益などの合計である純資産の何倍の借金があるかを見る指標になります。なお、ネット有利子負債とは、有利子負債から現預金を差し引いた金額になります。

ネットD/Eレシオが大きいということは、要するに有利子負債が大きいということを意味します。出光について単純に上の数値だけから算出しますと次のとおりになります。

ネットD/Eレシオ=ネット有利子負債÷純資産(少数株主持分控除後)

       =(9,900億円-910億円)÷5800億円 = 1.6倍

出光の2017年3月期の有価証券報告書にもネットD/Eレシオの計算式と推移がありますが、それによれば次のとおりになっています。

ネットD/Eレシオ = (有利子負債-現預金及び短期運用有価証券)÷(純資産-少数株主株分)  = 1.6倍

短期運用有価証券を加えていますが、やはり1.6倍となっています。


一般に、ネットD/Eレシオは1倍を下回ることが健全と言われていますので、2倍近くあるということは借金が相当多いということになります。

では、ネットD/Eレシオが大きいとどういう影響があるでしょうか。

ネットD/Eレシオが大きいということは、社債の格付けにマイナスの影響を与えることになります。社債の格付けに影響を与えるとは、企業が資金調達として社債を発行する際の社債利息が増えます。

また、格付けが下がると銀行の貸出利息も増えることにもなります。つまり負債コストがあがります。とすると、PLの営業外費用にある支払利息、社債利息が増えるので、税前当期利益、ひいては当期純利益も減少します。

そして、意外に見落としがちなのですが、負債コストがあがるということは企業価値が下がることになります。企業価値とは、仮にDCF法で算定するとなると(当然ながら企業価値算定には、同業のPERやEBITDA数値をベースにPER倍率、EBITDA倍率等で算出するなど色々あります)、将来の予想される税引後営業利益をベースに、運転資本の増減などを考慮して、フリーキャッシュフローを算出して、それを現在価値に割り引いて算出します。この割引に使用するのが負債コストと株主資本コストになり、併せて資本コストといいます。

このあたりは以前にブログで書いていますが、簡単に結論だけいいますと負債コストがあがると、この資本コストがあがることになり、ひいては割引率が高くなり企業価値が下がります。

企業価値算定は、実際に業務でエクセルを使ってバリュエーションをしていないと肌感覚としてはまず分からないと思いますが、そういうものと理解していただればと思います。

なお、話が少し横道にそれますが、本で読んだ知織だけでDCF法を分かった気になっている人もたまに目にしますが、実際にエクセルで自分で数値を入れて算出したことのない人は、私の経験上、ほぼ理解できていません。

DCF法での企業価値算定は、M&Aでの買収金額の算定で使うことが多いですが、私は過去に法務部に所属していたことがあり、当時はバリュエーションなど本で読んで知っていたつもりになっていましたが、実際にエクセルで数値算定などしたことが全くなく、今現在は実務で実際にやっていることと比べると、当時は実は何も理解できていませんでした。企業価値算定というものは、ファイナンスの知識をある程度実に付けて、自分でエクセルを使い数値をはじいてはじめて分かり、また人を説得できることになります。

数値と無縁の部署の方も、「自分は数値は関係ない」と自分の役割を狭めるのではなく、一度自社の中計数値などをベースに、自社の売上・利益を一定の成長率で伸ばして、エクセルで作成するとDCF法とはこういうものかということがある程度は理解できると思います。ターミナルバリューについての成長率や割引率を変数にしたフットボールチャートを作成して見るとDCF法が肌で実感できると思います。

 

話が少しそれましたが、出光の有価証券報告書の連結バランスシートで2017年3月期の流動比率を連結ベースで計算すると次のとおりになります。


流動比率流動資産÷流動負債=9600億円÷11450億円=84%

流動比率とは、100%を上回ることが安全性の基準になりますが、企業の安全性を見る指標になりますが、これも小さいですね。

では、今回の増募増資により、ネットD/Eレシオにはどのような影響があるのでしょうか。

公募増資で調達した資金で有利子負債を返済するということですが、増資をすると一旦バランスシートの資産の部の現金及び預金が増え、純資産にある資本金(場合によっては資本準備金も)が増えます。この現預金で有利子負債を返済するので、一度増えた現預金が減り、次に負債の部の有利子負債が減ります。つまり、ネットD/Eレシオで見ると、分子の有利子負債が減り、分母の純資産が増えますので、ネットDEレシオは改善します。

少し長くなりましたが出光の公募増資のケースからネットD/Eレシオについて気付いたところを書いてみました。